ドクターGをもっと身近に

 最近の記事で虫歯患者の減少により歯科医が一層過剰になり、相当数の歯科医が収入の大幅な落ち込みに直面していると紹介されていたが、将来の環境の変化を適切に予測せずに、その時点での歯科の問題に目を向けて歯科医を増やせば問題が解決すると考えた結果だ。虫歯の患者を治療するために歯科医を増やす政策がとられたが、医師が増えた時には虫歯患者が減ってしまったというわけだ。今の人達は歯のケアにはとても気を使うので虫歯が減るのは当然だし、その関心は歯並びや白さなどの審美的な面に向いている。従ってこの方面での知識や技術の乏しい歯科医は時代の流れに遅れてしまう。もっとも虫歯自体がなくなるわけではないだろうから、患者とのコミュニケーションがうまく、的確な治療ができる歯科医は生き残っていける。歯科医になれば誰でもそこそこの収入が得られる時代ではなくなったということだし、医療の世界でもニーズに対応できないと淘汰されてしまうということだ。

 わたしが最近強く感じるのは歯医者というより普通の医師(内科、外科、耳鼻科等)とのコミュニケーションが希薄すぎるという点だ。特に開業医に関してだが、彼等は忙しすぎるのか患者と十分なコミュニケーションが取れないことが多い。患者の話を簡単に聞くと診断を下し検査や治療するのだが、その過程でもっと深い説明を聞きたいと思ったり、病状の微妙なところをこちらが話そうとしても、そんな余裕はないといった感じで話が深まらない。それでも質問をすると迷惑そうな顔をしたり、ぶち切れたりする医師がいる。特に慢性的な疾患については患者の方が自分の体のことなので病状を詳しく知っているのだが、多くの医師は患者の詳しい話は聞かずに教科書に出てくるような一般的な病状の説明をして済ますのが普通だ。

 医師の立場に立てばそれで大きなハズレはないということなのだろうが、患者の方は医師の説明は違ってはいないが正解でもないと感じてしまう。インフルエンザや下痢などは治癒が明確に分かるが、治癒より症状の改善が大事な慢性的な疾患の治療になるとどう対処するのか明確な説明がなされないし、患者の希望を聞き出そうともしない。開業医は毎日同じようなことの繰り返しでほどほどの対応をすることに慣れきっていて、相手の話を上手く聞くことができないようだ。そして上から目線で話すことしか出来ないので患者とまともなコミュニケーションにならないわけだ。

 会社勤めの頃は人間ドックで不審なところを指摘されたり、体の具合が悪いと、会社の医師に紹介状を書いてもらい大病院に行ったが、大抵の医師ときちっとしたコミュニケーションが取れていた。そうした病院の医師たちの多くは患者と対等な目線で話をするのを普通のこととしているようだった。恐らく社会的な地位が高い患者も多いので自然とそうした態度が身に付くのかもしれない。その点開業医は年寄りとか子供の患者が多くていつも自分は患者より上位の人間だと思いがちな上に、医院では少数の看護婦と事務員しかいないので、出来の悪い中小企業の社長のようになってしまうようだ。もちろん立派な人格の開業医もいるのだが、総じてimmatureな人の比率が一般より多いと感じる。

 わたしのような不満を持った人は多いはずで、だからNHKのドクターGがあれほど人気があるのだと思う。あの番組でドクターGが患者の真の病気を突き止めようとしていろんな可能性を検討して議論するプロセスに、視聴者は共感しているのだろう。多くの人がこうした医師にきちっと話を聞いてもらうことを希望しているが、実際にはそんな経験はなく希望が叶うのは無理だと思っていたはずだ。しかし現実にそうした医師が存在することを知り、彼らが患者と対等に向かい合いながら治療をしてゆく姿に勇気付けられているのだ。もっとも同時にこうした医師は例外的な存在でよほどの僥倖にあわなければ見つけることはできないとも感じているのだと思う。

 わたしも同じように感じているのだが、同時に医師(開業医)としっかりしたコミュニケーションをとって診察を受ける制度ができないのかとも考えている。ドクターGほどではなくても、技術的、人格的に信頼できる医師(開業医)と病気と同時に生活のあり方(Quality of Life)を話あえる仕組みが何故ないのだろうと思う。大きな問題は多分費用の点だろう。日本人は昔からサービスに金を払うのに抵抗があるから、医者も不必要な薬を出すことで患者が金を払う気持ちにさせてきた。良くない慣行だ。だが冒頭の歯科治療の例にあるように人の意識もニーズも変わりつつある。信頼できる医師がきちっとしたコミュニケーションを取ってくれるなら、それなりの金を払っても良いと感じる人は少なくないはずだ。これは一種のカウンセリングとかコンサルティングといっても良いもので、従来の開業医とは別にそうした医療サービスを行う開業医を作っていくのが良いのではないかと思う。そうしたカウンセリングを受けるのはしょっちゅうのことではない。病気も重大なものでなければ、そうした医院で一度治療方針が決まれば、後は普通の病院に通えば良い。最初のカウンセリングを受け治療方針が決まるまでのことだから、年に一度か二度でもいいはずだ。そうなら仮に診察に1万円を払ったとしても高くはないだろう。腰痛でカイロなどの施術を受ければそのくらい取られることはあるし、女性が美容関係に払うお金はもっと多いかも知れない。

 こう書くとそれなら自由診療の医者に行けば良いじゃないかということになる。それは一理あるのだが、自由診療だと相当に高い診察料を払わなくてはいけないだろう。医師の方からすると数少ない患者を丁寧に見るのだから、一人1万円くらいなら保険診療で大量の患者を見たほうが良いと考えるかも知れないからだ。大金持ちだけを相手に高額の報酬を得て自由診療する医師がいるのは良いとしても、彼等だけでは経済的に若干の余裕があり、丁寧な医療を受けたいと考えている人たちはカバーできない。

 わたしがあれば良いと考えているのは、患者は1万円くらいを払い、医師は現行の保険診療で得られる報酬(患者の自己負担分は除く)を健康保険制度から受け取る仕組みである。これなら医師もこうした診療をしてみようと思うかもしれないし、健康保険としても患者が従来の診療を受ければ、医師には決まった報酬を払うのだから、それと同額を払ったとしても余分な出費とは言えない。それより十分な医師と話し合いをして納得したら、患者が不必要な薬を望むことも減るだろうし、通院の回数も適正になり医療費全体としては少なくなる可能性も大きい。

 日本の健康保険制度は世界に誇れる優れた福祉制度だが冒頭にも述べたように時代の要請に応えられなくなっているところがある。国民のニーズに対応できるようにもう少し柔軟な運用を考えるべきだと思う。