硬膜下血腫の手術(1)

 4月20日に硬膜下血腫の検査をしたところ、血の量が増えているとのことで医師からは今日手術しても良い状況だとコメントされた。(硬膜は頭蓋骨と脳の間にある膜だが、その膜と脳の間に血と髄液が貯まり脳を圧迫して頭痛や麻痺、認知症の症状を引き起こすのがこの病気だ)しかしその日はひどい自覚症状もなかったし、家人の準備も出来ていないのでいきなりの手術は断って数日の様子見としたのだが、翌日の夜から頭痛がひどくなり、22日の朝に診察を受けその日に手術をすることになった。急なことなので既に予定されていた手術の合間にやることになり、なかなか時間が決まらず病室で長いこと待たされたが4時半頃に手術室に運ばれた。

 その日の診察の時医師から手術をしたほうが良い段階であること、手術の内容とリスクを説明され、どうするかと改めて問われた。既にある程度心を決めていたわたしが「お願いします」と割とあっさりと言うとその医師(M医師としよう)は少し意外そうな顔をしてから正しい決断だというように頷いた。わたしが心を決めていたのは何より症状の悪化によるものだが、それ以外にも理由があった。一つはインターネットで割合早く退院できる(一般的には1週間くらいのようだ)比較的安全で有効な手術という情報を得ていたのと、もう一つは主治医になった30代後半と思われる男性のM医師を信頼しても良いと考えたからだ。3月末に初めてこの総合病院を訪れた時は若い女性医師で、次の診療からは違う医師になるといわれていたその人であった。4月20日の診察でもしっかりとわたしの顔を見て、予想に反して悪くなっていること、いま手術をしてもおかしくない状況であることをCT写真を見せながら明快に説明してくれた姿勢に共感と信頼感を持ったのだ。

 初対面で何が分かるという人いるだろうが、重要な点は分かるというのがわたしの考えだ。これは採用や若手社員の抜擢、育成と同じだ。重要な点とは明晰であること、問題に正面から取り組むこと、不都合から目を逸らさず最善の努力で解決しようとすること、こうした姿勢と意志を持っていることだ。もちろん女好きだとかケチで金に細かいなどということは分からないが、それらは簡単ではない責任ある仕事を任せるか否かにはさほど重要ではない。

 M医師から説明された手術の内容は、局部麻酔でドリルで右の側頭部に穴を開けそこから血と髄液を抜き取る、といっても急に抜き取ると血腫(血と髄液)で押されていた脳が反動で膨張するので管を入れたままにして少しずつ血が出るようにするということだった。手術室でももう一人の医師と看護婦を紹介され手術が始まった。全身麻酔で眠るわけではないので医師の言葉を聞きながら手術を受ける。M医師は大きな声で説明をする。こんな具合だ。「安田さん、これからバリカンで少し毛を沿ってから麻酔の注射をします」「安田さん!注射をしますよ、痛いけどね、頑張って」
注射は確かに痛かったがまあ想像できて我慢できる範囲だ。しかしドリルでの穴開けは全く違うものだった。

 わたしはドリルを使えばすぐに穴が開くのかと思っていたがこれがなかなか開かずガンガンやってくる。切られる痛さなどはないのだが、そのうち頭蓋骨がミシミシ言い出す感じがして「オイオイ、いい加減にしろよ」と思っていると「安田さん、もう少しだから頑張って」などとM医師が叫ぶ。それでも痛がるとほかの医師に「麻酔を増やそう」と言い「安田さん、眠ってもいいよ」などと叫ぶ。‘眠れるわけねえだろ’と思いながら目をつぶって我慢していると看護婦が「先生、眠たみたいです」と言う。これにはムッとして「起きてるよ」というとM医師が「ごめんなさい。もう少し頑張って」と言う。この段階になるともうどうでもよくなって早く終わってくれという心境になる。

 ドリルが終わると彫刻刀と思しきものでゴリゴリと削り出す。それがしばらく続いて穴が開いたらしいが、中の血腫をどうするかもうひとりの医師が訊ねている。このあたりのことは何がどうなのか分からなかったが、術後の説明で血の膜が何層か出来ていたのでそれをどうするのかという質問だったようだ。これは手術の後半のようでわたしも疲れたせいか細かい記憶はなく、切り開いた皮膚の一部を縫い始めたのと、管を挿したことを覚えている。その後は病室に運ばれた。病室にいた看護婦から頭を低くするので枕は使わないこと、右側に管が挿してあるので上を向くように言われて術後最初の夜が始まった。その後の顛末は次回に。