先発投手の替え時

 前田健太が大リーグデビューをした。レンジャーズ戦で6回を投げて無失点、打ってはホームランという素晴らしい活躍だった。6回を投げた時点での球数が88球で、例の100級ルールにより交代となった。チームがそのまま勝ち、前田はデビュー戦を勝ち星で飾った。日本だったらそのまま投げ続け、前田今年最初の試合で完封かなどとアナウンサーが絶叫し、監督も親分ヅラをして「お前に任せた」なんて素振りを見せるところだが、彼の地では予想通りあっさり交代だった。

 一言で言うと日本のプロ野球では先発投手が好投している場合中々代えない。球威が衰え始め、相手バッターにいい当たりをされてくるのを見ても、すぐには代えない。監督はおれは動じてないぞとでも言うようにベンチに座り腕組みをしたままで「お前に任せた」という態度を取る。そうすることで部下への信頼を示した結果、部下のモチベーションが上がり球威は落ちても気力で相手を抑えることが出来るかのようだ。

 問題はそうした情の世界のことではなく、球威が落ちた結果打たれやすくなっているかどうかなのだが、そして実際いい当たりを続けて打たれていても、そのことを冷静に分析して対応するより、「お前に任せた」対応をして思考停止に陥る。その結果何が起こるかというとやはり打たれて、どうにもならなくなった時に交代させるのだ。打たれる前に代えるより打たれて誰が見ても代えざるを得なくなってに代えるのが普通だ。もちろんいい当たりが正面を付いて運良く点を取られずにすむケースもある。こんな幸運に恵まれたのだからこれを生かすためにもこの回で交代させるかと思うと、次の回も続投してやはり打たれてしまう。そして上記の繰り返しとなる。

 おまえは野球の素人のくせして偉そうな事を言うなと言われればまあそうなのだが、組織をまとめるリーダーシップとかマネジメントなどについてはわたしには経験に基づいた考えがあり、その本質はプロ野球の監督も似ていると思っている。この先発ピッチャーの交代はとても難しい判断だが、この時の対応で監督としての器量なり、適性が分かると思う。監督が自らの役割の本質を理解しているか、また監督として重要な要件を備えているかが示される場面だからだ。先発投手に疲れが見えた時にしなければならないのは、現場で起こっていることを冷静に見て状況を把握すること、次に自分の状況把握に基づいて自らが意思決定することだ。投手コーチやバッテリーコーチの意見を聞くことがあっても決めるのは監督その人でなくてはならない。

 好投していた先発投手を代えるか否かの判断が悩ましいのは次のようなことが頭をよぎるからだ。

  1. 早めに代えて、中継ぎが打たれたらなぜ代えたと批判を受ける。
  2. 中継ぎが抑えてもそれが続投に比べて正しかったかどうかわからない。だから継投が上手くいってもあまり賞賛されない。
  3. 続投させて打たれたり、絶体絶命のピンチになれば誰もが先発を代えるのに納得する。
  4. そもそも先発は中継ぎより良い投手なのだから、少しくらい球威が落ちても中継ぎより抑える確率が高いはずだ。
  5. 先発が球威が落ちきた状況でも相手を抑えたら、その先発は大きな自信を持つし一段と成長する。これはチームにとっても良い。

 こうした要素が絡み合って冷静な意思決定ができず、結局その局面で何が正しいかより一番無難な選択をした結果、続投が多くなるのだと思う。現場で起こっていることを正しく把握して、問題解決のために適切な対応をすることができていない。

 阪神ファンのわたしは以前当ブログでも、真弓元監督や和田前監督の投手交代を批判してきたが、同じことが現在の金本監督にも言える。金本監督はある種の人間的なリーダーシップ力を利用して選手のモチべーションを上げるのに成功して、今のところ好成績を上げているが、投手交代についてはミスを連発している。打撃陣、投手陣がともに好調な今のうちに投手交代も納得がいくやり方に変えて欲しい。Denaとの試合で好投していた能見が球威が落ちてきたのに続投させて負けてしまったが、ネットのスポーツ記事によると試合後金本監督はこう言ったそうだ。「投手コーチに聞いてくれ。おれはピッチャーのことは分からん」 もしこれが本当ならとてもまずいと思う。「おれの判断ミスで能見の代え時を間違った」といえば良いのだ。そうでないと香田コーチや能見は上司を信頼しなくなるかもしれない。監督は現場で起こることすべての責任を負う立場なのだから。

 こうした場面で自らの判断で責任をもった対応をしてきた監督はいるのかというと、最近では原監督はそれが出来ていたと思う。もちろん彼の判断や決定にも間違いは多々あったが、彼はそれを恐れなかったし、起こりうる批判を受け止める覚悟が出来ていたように思う。恐らく1度目の監督時代に学んだことを生かしたのだと思う。その点コーチや二軍監督の経験もない金本監督は大変だと思うが、ぜひ早いうちに監督として重要なことを学んで欲しいと思う。以前阪神の監督をした野村や岡田に話を聞くのでもいい。企業でもある人物を役員や重要な部署のマネージャーにする前には様々な研修を受けさせたり、難しいポジションやプロジェクトの責任者に任命して経験を積ませて適性や能力を再チェックするのだから。

 このように議論をしてくると大リーグの100球ルールの持つ意味がわかるような気がする。元々は投手の肩や肘を酷使しないようにと導入された考え方だと思うが、監督にとって最も悩ましい先発ピッチャーの代え時をも示唆する基準にもなっている。アメリカ人はこうしたルールやシステムで仕事のプロセスを明確で単純なものにするのがうまい。登板間隔の違いを考えると100球ルールが本当に投手のためになっているかどうか議論があるところだが、監督の投手交代の大きな判断材料になっているのは事実で、ファンの側から投手交代への疑問は少なくなると思う。

 大リーグなどはレベルが低いと恥ずかしい意見を言う評論家もいるが、大リーグの優れたところは選手のレベルが高いということだけではなく、現状をより良いものに変えようとする精神を維持し、変革へのチャレンジを恐れないことだ。日本で行われているのは依然大リーグの後追いで指名代打も投手分業制も米国生まれで、日本独自のものといえば根性と情に絡んだ野球道だけだろう。いい加減に旧態依然の根性野球から脱して頭を使ったシステムを考えるべきだ。これは監督、選手だけではなく、それ以上に代わり映えのしない古びた報道を続けるマスコミに言いたいことだ。