ガバナンス問題

 6月の授業の最終回は「企業ガバナンスとコンプライアンス」を取り上げた。企業ガバナンスは企業経営者の経営のあり方を問うものだが、そもそもこれが問題となったのは企業の所有と経営が分離したからだ。経営を専門家にまかせると、経営者と所有者である株主の関心や利害が一致しないことが起こってくる。非上場企業で株主が少数なら(言い換えれば大株主がいる場合は)株主が経営者の経営方針や行動を監視することも可能だが、上場企業で株主の数が多くなると、株主は経営者の行動など監視できない。せいぜい決算時の資料で経営状態を知るくらいだが、それですら最終結果を知らされるくらいで、数字が虚偽であっても見抜くことなどできない。いわゆる情報の非対称性というやつだが、経営者の圧倒的優位な状況ができてしまう。

 しかしだからと言って経営者が勝手なことを出来るわけではない。事態が複雑なのは経営者が配慮すべきは株主だけではなく、今やすべての利害関係者(ステークホルダー)になっていることだ。特に環境問題、雇用問題、差別問題については細心の注意が必要だ。これについての対処を誤ると企業は重大なダメージを蒙る。そして対処の内容によっては株主の利害と反することも起こってくる。だから経営のあり方で経営者を批判するのは簡単だが、実際の経営はそんなに簡単なものではない。

 授業で例を挙げたのは、企業のある工場が利益は出ているが将来的にはジリ貧になりそうな時に、経営者はこれを閉鎖すべきかどうかという議論だ。閉鎖をして経営資源をほかの分野に投入するのが教科書的には正解なのだろうが、実際はそこにいる従業員や関連する企業の人たちが職にあぶれてしまうことがある。これを閉鎖して何千人に負の影響を与えるたりすると、マスコミの格好の餌食になってしまう。利益が出ているのになぜ閉鎖するのかなどと書かれ、そこで働く労働者や下請け企業の苦境を扇情的に報じられたりする。

 経営者がこれを避けて閉鎖を止めると何年後にはこの工場が負担になると同時に、これが前例となってほかの不採算部門の合理化も進まなくなり、結局企業は存亡の危機を迎える。倒産するか場合によっては二束三文で海外の会社に売られてしまうかもしれない。株主には最大の打撃だ。あの時非情になって工場を閉鎖しておけばといっても後の祭りだ。どのステークホルダーの利害を第一に考えて経営をするかという問題なのだが、やはり企業は儲けてナンボなので中長期に利益を出す経営をするのが基本だろう。

 マスコミはこんな事態になると経営者の先見性がないとか言って批判するのだろうが、同じ新聞やテレビが何年か前にこの企業のリストラ計画を非難したことなどすっかり忘れたふりをしての報道だ。だから学生に言ったのはある報道を読んで(聞いて)鵜呑みにするのではなく、もう少し広い視野で問題の本質を考えて報道に接しないと近視眼的な結論を持つことになってしまう。マスコミの報道が目の前のことを情緒的に取り上げて、読み手(聞き手)の感情に訴えようとするのは戦争中から変わっていないのだ。

 ということを授業でやっていたら自民党の若手議員(ちっとも若手とは思えない連中だが)が沖縄で気に入らないマスコミつぶしの集会をやっていたという。経営者が株主とほかのステークホルダーの利害を調整しながら経営をしなければならないのに対し、政治家は有権者に選ばれたのにその意向などはどこ吹く風のようだ。調子に乗っていると次の選挙で落とすぞというところなのだろうが、自民党に対抗する政党がないので最近の追い風に乗って当選した自民党議員はやりたい放題、言いたい放題で全く謙虚さがない。彼らに政治を任せたといっても選挙の公約に沿わない行動をとったらもう支持しないと警告すべきだろう。

 上述したようにマスコミは確かに扇情的で、大して分かっていないのに上から目線でモノを言う。大変な権力を持っていて、高い給料を貰っているのに庶民の味方のようにも振舞う。要するに矛盾だらけの存在だ。だから彼らを批判するのはやめろ言うつもりはない。だからといって自分たちに都合の良い報道をしない新聞は懲らしめろというのは、太平洋戦争時に政府や軍部に都合の良い記事を書き、死ななくても良い若者を戦地に駆り立てるのに大きな役割を果たした新聞を求めているのと同じだ。こんな時代錯誤で頭の狂ったような発言をする議員こそ放置せずに懲らしめるべきだろう。経営者のガバナンス問題より、政治家のガバナンス問題のほうがはるかに問題だ。選挙民はきちっとした監視の目を持ち、またマスコミも冷静で有効な監視をして欲しいと思う。そしてその気持ちを次の選挙に生かさなくてはいけない。