'レナウン買収'その後

 10月23日、わたしのブログへのアクセス数が異常な動きを見せた。通常は一日60前後で、多い時は100というアクセス数が、23日の夜に急増し、夜9時から1時間で162もあった。調べるとそのほとんどは昨年の5月30日に書いた「中国企業レナウンを買収」にアクセスしていた。何事かと思った私は新聞のテレビ面を見て納得した。その夜の9時にNHKで「中国人ボスがやって来た〜密着レナウンの400日」なるドキュメンタリーが放送されたのである。その後もアクセスは衰えず、翌日の24日は463にも達した。テレビの威力恐るべしといったところだ。NHKの放送を見逃した私は、翌日NHKオンデマンドでそのドキュメンタリーを見たのである。


 その番組は、昨年5月中国の大手繊維メーカー山東如意に、株式の41%を引き受けてもらったレナウンのその後を描いたもので、大変興味深い内容だった。この番組の内容は多くの人に衝撃を与えたようで、ネットでの反応は大きく2つに分かれていた。一つは’わけのわからん中国企業に買収されて、無理な要求をされて気の毒だ’というもので、もう一つは'この期に及んで日本の名門アパレルメーカーのプライドを捨てられず、中国市場に入り込めない社員(レナウンという会社)のお粗末さに落胆した’というものだった。

 私の印象は後者の方だ。企業の経営者は(結果として社員も同じだが)株主の意向を考えて経営をしなくてはならない。41%を保有している山東如意の意見に従うのは当然だ。もちろん59%のマイノリティーシェアホルダーの意向も大切だが、こちらについては意見の集約も難しいことを考えれば、大株主が自分の欲する方向に会社を動かそうとすることに異論はないはずだ。

 番組を見て驚いたのはレナウンのマネジメントや中国に派遣されている中堅のマネージャークラスにそうした意識が欠けているように感じたことだ。倒産してもおかしくない企業(レナウン)に資金投入をして救った山東如意に対し、その社長の方針を理解しようとせず、日本のやり方で市場開拓をすることにこだわり続けた。何カ月たっても成果の上がらない日本人スタッフにしびれを切らせた如意の社長が、中国人コンサルタントを使ったりして現地にあったやり方をとるように命じても、'彼等はファッションビジネスが分かっていない’と自分たちのやり方を変えようとしない。また東京のレナウン本社ももっとかたくなに日本のやり方にこだわっていた。


 '成功神話は復讐する'と言われるが、その意味はあるやり方(製品)で成功した企業はそのやり方にとらわれ、それが通用しなくなっても方針転換できずに衰退するという警告だ。レナウンはこの何十年成功もしていないのに、自分たちの幻の成功神話から抜けだせないでいる。その上子会社になった自分たちの立場も理解できずに、中国のやり方を命じられることに被害者意識を持ったりする。国際的なビジネス感覚からすれば、こうしたレナウンの経営者や社員の方が井の中の蛙で、世界を知らない田舎者だ。


 日本人の多くは日本のマーケットがそれなりの規模があり、洗練されているので、日本のやり方や考え方がどこにでも通用すると考えがちだ。特に誤解しやすいのは東京中心の考え方で、東京がナンバーワンだからなんでも東京中心で良いという発想を、他の国に対しても持ってしまうことだ。中国なら北京、アメリカならNYといった思い込みで、マーケットも文化も教育もそこが中心と考えてしまうことだ。10億も人口がいる中国には北京以外にも巨大で十分な需要がある都市もあるし、ファッションで言えば北京中心でもない。アメリカでも大企業の本社は各地に散らばっていて、日本のように東京一辺倒ではない。大学を例にとっても、優秀な学生が皆ハーバートやスタンフォードを目指すわけではなく、日本のように出来る学生はほとんど東大に行くといった国とは異なる。地方の州の優秀な学生はその州の一番の大学に行くことが多いし、大学院になるとアイビーリーグなどの名門校志向が強まるといった程度だ。実際アメリカの世界的な大企業の幹部には地方の大学の出身者が多い。日本のように大学を気にするのは金融界だが、それでも日本ほどではないだろう。

 だから北京に最初の店舗をつくりそこから地方に出てゆくといったレナウンの戦略は合理性があるとは言えない。またコンセプトを大事にするあまり、現地のニーズにあったデザインを採用しようとしない姿勢なども、まずお客ありき、商売ありきといった基本からはずれている。これでは赤字を垂れ流すのもやむをえない気がする。企業は人だというが、資本の論理、商売の本質が分からない社員ばかりでは上手くいくはずがないのだ。

 中国が遅れているといったレナウンの社員の感覚は間違いでないとしても、それならその実情に合わせた戦略を取るべきで、日本のやり方を教えてやるといった姿勢では成功しない。ブランドやロゴに対する姿勢でも、日本でも30年ほど前は似たようなものだったのだ。形のないもの、所謂サービスには金を払わないといった考え方が、当時は日本でも普通だった。それが経済の成熟と共に西欧化してきたのが実際のところだ。経済が急成長している状況ではどこの国も同じだと考えれば、市場参入のやり方も分かってくるはずである。
 こうした基本的なところをしっかりつかんでいないと、レナウンのような失敗をする企業はこれからも続くだろう。いくら偉そうなことを言っても、企業が存続できるのは利益を上げ続ける以外にはない。どうやったら効果的にそれが達成できるかを、まともに考える社員を育成できるかがカギだ。

 残念ながらレナウンはそうではないようだ。株主の一人として、レナウン山東如意の傘下に入って、中国に進出したことを契機に、その社員達がビジネスマンとして成長してくれることを願ってやまない。