ギターを弾こう(1)

 「ギターを再開した」と書くといかにも上手そうだがほとんど初心者である。学生時代にフォークソングのバンドをやっていたが、これがなんとか格好がついていたのは、歌がうまく正確なリズムギターを弾けたY君がいたからである。Y君は25歳くらいで米国に渡りそのまま住みついてしまったが、昨年亡くなったそうだ。ギターを再開しようと思ったのは彼の死を知る前だったので、再開は彼の死去によるものではないが、まったく影響がないとは言えない。元々上手くもないので会社に入ってからはほとんど弾かなかったわけで、ほぼ初心者状態でもまたやってみようと思い、その気持ちが今まだ継続しているのはY君のことがあるような気がするからだ。

 再開のきっかけは家の不用品処分だ。いわゆる断捨離もどきをやった。10月に関内の事務所を閉めた時、オフィスの家具をほとんどすべて処分したのだが、その時に依頼した業者の対応がよかったので家の整理にも頼んだのだ。対象は主に物置に置かれていた不要物で、性能の落ちた芝刈り機やナイロンカッター、古いスーツケース、ラックなどで、ついでに家に置いてあるもの、トレーニング用自転車、得体の知れない各種健康器具、使わない客布団や小さな家具などを、やってきた兄ちゃんの軽トラに積めるだけ積んだ。それでもまだスペースがあるので、古いギターをケースごと渡した。兄ちゃんはケースを開けギターを取り出すと、サウンドホールから中を見つめ「これはヤマハ赤ラベルというやつで結構人気があるから捨てないほうがいいですよ」と言った。

 「処分するのならインターネットにでも出せば買う人がいると思いますよ」とも言った。二束三文のギターだと思っていたわたしは驚いて処分をやめた。これはヤマハのFG140というモデルでわたしが大学一年生の時に(1969年)に買ったものだ。いわゆる量産モデルのフォークギターで、当時の米国の有名歌手や日本でも大きなコンサートに出るような連中はマーティンかギブソンを使っていたが、20-30万円以上するギターが買えるはずもなく、1万4千円のこれを道玄坂ヤマハで買ったのだ。同じモデルでも1万8千円のものもあったし、もっと高いのもあったが当時は4千円の差も小さくはなかった。大卒の初任給が4万円位だったのだ。

 こんなモデルだから40年もしたらただみたいなものだろうと考えて処分しようとしたのだが、兄ちゃんのアドバイスもありインターネットで調べたらやはりなかなか人気があるようでびっくりした。量産品でも一種のビンテージ感があるらしく、よく鳴ると言って好むファンがいる。もっとも2000年ころにはヤマハのギターのバブルのようなものが起こりこのモデルでも5万6万で売られていたそうだが、今はそれほどではない。緩めてはいるものの弦をつけっぱなしにして冷たいあしらいをしてきたことを反省して少し弾いてみようかという気になった。

 なぜこのギターを大事にせずにほっておいたかというとこれ以外にバンジョーを持っていたからだ。これはギブソン製で1970年ころに15万円で買った。社会人になってからはこれも全く弾かずにケースに入れっぱなしにしておいたのだが、流石に捨てようとは思わなかった。当時の値段はとても高かったが、対ドルの円レートが300円ほどだったので輸入品は一般的に高く、その後円が強くなるにつれ米国製のギターの値段もそれほど高いというわけではなくなった。マーティンのD28というモデルは今30-40万円くらいだと思うが、当時でも30万円くらいしたような気がする。だからわたしのバンジョーも今売ったとしてもそれほど高いとは思っていなかったが、捨てるものではないのも明らかだった。

 わたしはFG140のギターを弾くことにして古い弦を外していると、弦をブリッジの穴に固定する役目をするブリッジピンが一つ割れてしまった。新しい弦とブリッジピンを買いに行くことにしたのだが、ついでにバンジョーも持っていった。大手の楽器販売店の横浜店に行きバンジョーを見せ買取価格を聞いた。ギターが上手そうな長髪の店員は多分本店と電話をしていたのだろうが、かなり長いあいだやり取りをしてから「弦が張っていないのでどんな音がするかわかりませんが、5万円なら引き取ります」と言った。もう弾かないしいいやと思って同意すると、ちょっと意外そうな反応をして引き取った。後でインターネットで調べるともう少し高く売れたような気がしたが、未練はなかった。

 かくしてわたしの手元にはFG140が残り、ギブソンバンジョーはどこかに行ってしまった。ライトゲージの弦とブリッジピンを買ったわたしは家に帰り弦の張替えを行おうとした。ところがブリッジピンがブリッジの穴に途中までしか入らないのである。楽器店に連絡すると穴が大きくて緩いという苦情はあるが入らないのは珍しいという。仕方ないのナイフで削りどうにか押し込み新しい弦を張って弾いてみた。ヤマハのギターしか弾いたことがないわたしにはこれが良い音かどうかはわからないが、昔と変わらない音に思えて少し驚いた。

 数日後わたしはまた楽器店に行き、ピックとカポタスト、ギター教本を買った。さらに立ち読みした教本のアドバイスに従いデジタル式のチューナーとメトロノームがセットになったものも買った。準備万端だが多分長続きはしないだろうとも思っていた。もし一年間続いて練習し、少し上手くなったらいいギターを買おうと考えた。それが12月のことである。その後の顛末は次回で。