コストパフォーマンスについて

 今回のテーマはコストパフォーマンスだ。地方に行ってぶらっと入ったレストランの料理がとても美味しかったりすると、都会の値段より3割くらいは安いことを思い出して、とてもお得だったと幸せな気分になる。わたしがコストパーフォーマンスが良いと感じるのはこんな時だ。一方コストパフォーマンスが悪いことにはもうすこし敏感だ。何かを買って期待を裏切られたり、損したなあという思いは後に残るからだ。もっとも高価でないものだとまあしょうがないかと諦めるのも簡単だが、高価なものだと後で損したと思いたくないので購買には慎重になる。まあケチだと言えばそういうことだが。この時の心理は別に得したい気があるのではなく、後悔したくないという思いの方が強い。だから高い買い物の時はインターネットなどでいろんな人の評価を調べたりする。

 

 もっとも高価とか高い買い物というのはチョット曲者だ。普通の人にとっては高価でも大金持ちにとっては高価ではないことはよくある。高価かどうかの基準はその人の経済的・財政的ポジションによって異なるからだ。また高価かどうかは必ずしも絶対的な価格レベルだけでは判断できない。100万円の自動車は安いものだが、100万円の時計は高級品だ。高価かどうかは同じようなジャンルのもので比べたほうが分かりやすい。要するに経済的に大きな差がない人たちが同じようなジャンルのものを買うというシチュエーションが、コストパフォーマンスの議論を単純化してくれる。インターネットである商品の評価についていろんな議論が起こるが、これがしばしば噛み合わないというか混乱するのは上記の整理がきちんとされていないせいだと感じる。いろんな人が自由に議論が出来るのがネットの良いところなので、そのことによる混乱は受け入れるしかないのだろうが。(もっともこうした単純化は議論を明確にする点では有効だが、個人が実際に購買行動で金を支出しようとする時には役に立たないこともある)

 

 わたしが何故いまコストパフォーマンスについて書くかというとアコースティックギターを買おうかと考えているからだ。実は3年前にK・ヤイリのLO-90というギターを買って今も弾いている。ひとつ不満はあるが音もいいし概ね満足している。今年初めにはヤマハのNTX1200Rというエレガット(ガットギターだがチューナーがついてアンプにつないで音を出せる)を買った。これは生でも弾けるし、アンプでもいい音がする。だからまずまずのものが既に2本ある。それでもまた買おうと思うするのはギターファンとはそういうものだとしか言えない。プロならまだしもわたしの腕でと言われると耳が痛いが、もう少しいいものを所有して弾きたいを思うのは抗しがたい欲求だと言っておこう。K・ヤイリのギターを買うすこし前の2016年7月に当ブログで「楽しいギター選び」という記事を書いたが、今も同じ心境でどれが良いかなどと考えているのはすこぶる楽しい。

 

 当時と違うのはわたしはすでにギターを2本持っていることで(2016年は学生時代に買った50年前のヤマハのフォークギターを持っていた)、買う必要性という点では低い。また当時は予算20万くらいで調べていたが今度は30-40万円でもいいかと思っている。よって選択肢は広がりギター選びの楽しさは尽きないのだ。K・ヤイリやヤマハならもっと上位の機種まで含まれるし、マーティンだと18、28が視野に入るし、あまり買う気はないがギブソンもOKだ。(この話はフォークギターに関するものでクラシックギターはもっと幅が広い。プロが使うようなギターは100万円以上が普通だ)上記のブログの記事でも触れたが、ギター選びは車選びに似ている。この予算ならメルセデスBMW、またはアウディかレクサスかといった議論だ。どこが似ているかというと機能の良さにくわえて(またはそれ以上に)ブランドの問題がかかわるからだ。

 

 そして機能とか経済性にブランドのようなインタンジブルな要素が加わるとコストパフォーマンスの議論は複雑になる。価値観とか好みが入ってくるからだ。しかしコストパフォーマンスというなら機能なり品質を議論するのが最初だろう。

 

 わたしがK・ヤイリのギターに一つ不満を持っていると言ったのがネックの太さだ。わたしのヤイリは細い所(一番先の部分)で42ミリの幅である。ちなみにクラシックギターは52ミリくらいが多くわたしが弾くと隣の弦を押さえたり弾いたりしてしまう。クラシックは指で微妙に弾くので弦と弦との間隔が広くないと上手く演奏できない。フォークギターやカントリーギターはコードを弾きながら歌うのがベースなのでネックが細くコードが抑えやすくなっている。その点ではK・ヤイリのネック幅はやや細いが問題ではなく、手の小さい日本人に合っているともいえる。問題はわたしがフォークギターで指弾きのソロ曲を練習していることだ。クラシックほどのテクニックは使わないが似た演奏方法は多い。だからもう少しネックが広いといいのだ。わたしのヤマハ製のエレガットはネック幅が48ミリでわたしにはちょっと太いというところだが、これはどちらかと言えばクラシックギターに近いものなのでやむを得ない。

 

 もう少しネック幅の広いアコースティックギターが欲しいということが今回の購買欲求の根底にある。それを頭に入れて新しいギターを探すと上位機種になってしまう。もちろん今と同程度の値段のギターでもネック幅の広いものはある。モーリスというブランドでわたしが練習している楽譜集を作った南澤大介にちなんだモデルの普及版だ。モーリスは有名なミュージシャンも使う古い国産メーカーで上位機種は評判も良いのだが強く買いたいとは思わない。それなら今のK・ヤイリでいいかなと思うからだ。

 

 ギターの質と値段を決めるのは木の材質だ。ギターのボディの表をトップというがこれはたいていスプルースという松の一種が使われている。ある値段以上のものはほとんどそうだが、高級機種でもシダーやブンヤ(オーストラリア産の木)が使われているのもある。ここでの木の違いが音色に大きな差をもたらさないからだろう。

 ボディの側面と裏(サイドとバック)の素材はギターの音に大きな影響があると言われている。だからここに良い木を使うかどうかがギターの質を左右し、値段の差になる。高級な機種はローズウッドを使っている。昔はハラカンダと言われるブラジルのローズウッドが使われていたが今は絶滅種になり入手が困難になっている。これが使われているのはプロ向けの超高級品だけだ。40-50年前のマーティンのギターが今でも百万以上(時には何百万円)もするのはハラカンダが使われているからだ。今はインド産のローズウッドが主流だ。しかしそれも多くはなく高価だ。次に多いのがマホガニーでちなみにわたしのK・ヤイリもマホガニーだ。その他の木が使われるギターもあるが多くはこの2種だ。

 

 日本製のアコースティック・ギターは20万円台のものからボディのサイドとバックにローズウッドを使っているものが多い。これがマーティンとかだと30万円台後半からになる。同じ材質を求めて比較すると日本製の方が10万円は安い。そして作りも丁寧だし、ペグやブリッジなども同じ値段帯なら上質だ。もちろん音も良い。K・ヤイリは岐阜の工場で手作りだし、ヤマハも30万円くらいからは日本の工場で作られる。(それ以下のものはほとんど中国かアジアの国で作られている) だから30万円くらいでおすすめのギターを調べると日本製を勧める人が結構いる。この人たちは日本製の方がコストパフォーマンスがいいし当たりはずれがないと言う。一方でこの値段ならもう少し頑張ってマーティンやギブソンを買った方がいいと言う人も多い。これらのブランドのギターはそれぞれ個性的な良い音を出すし、ギターが持つ風合いが何とも言えないと言う。ブランド力なのだろう。

 

 こう考えてくると中々悩ましく意思決定は難しい。コストパフォーマンスの議論が購買行動の議論に広がってくるからだ。購買行動を決定するのは満足感が得られるかどうかだろう。満足感となるとブランドやデザインなどが重要な要素になるから、コストパフォーマンスの善し悪しはこうした要素を含めて決まることになる。それぞれの要素の重要度は人によって違うからある人には魅力的なものでも他の人には興味がわかないこともなる。女性の高級バッグを例にとると、その購買行動を正当化する一番の要素はブランドだろう。だからブランドを考えずに高いバッグを購買することはないはずだ。

 

 また購買行動の満足感を考えるとなると購買金額(支出)を他のジャンルと比べる必要も出てくる。この議論の始めに高価なものほどコストパフォーマンスを意識するが、あるものが高価かどうかは同じジャンルで比較したほうが良いと言ったが、話が購買行動の満足感まで広がると一つのジャンルだけで考えるのは十分とは言えない。実際に30万円を支出する時には自分の生活全体の中での一つの支出として考えるからだ。日常生活である一つものに30万円を払うケースはあまりない。今やテレビやパソコンも普通のものならずっと安い。家とか家具とか生活のインフラを除くと自動車や海外旅行などが比較対象だ。どちらもギターに比べるとはるかに高い。自動車は数百万円もするのに5-6年で取り替えることが多い。海外旅行は毎年のように行く上に残るのは思い出だけだ。それでもこの二つにお金をかけるのは、そうしないとそのジャンルでは自分が満足のいく購買行動が出来ないからだ。ギターにおける30万円のポジションは自動車や海外旅行になるとこうした値段になる。そう考えると30万円のギターはリーズナブルだし絶対金額は他のものに比べて安いのだ。

 

 ここで妻などに相談するのはもってのほかだ。「ギター2台も持っているのになぜまた買うの?」と言われるだけだ。それが彼女が行こうという旅行よりはるか安いとしてもだ。購買行動を正当化するのはかくも難しい。もちろんZOZOTOWNの前オーナーの前澤氏には無縁の悩みだが。