楽しいギター選び

 ソロギター用の新しい教本を買ったらまた少しギターをやる気が出てきた。それと同時にもう少しうまくなったらギターを買い替えようという「買いたい病」も起こってきた。困ったものだが物を買うのはやはり楽しいし気分をよくする。金で買えるものに何の価値があるんだという考え方も分かるが、やはり楽しいものは楽しいと言わざるを得ない。それも買う前にいろいろ調べたり悩んだりする時が一番楽しい。買ってしまったらギターなら練習してうまくならなくてはいけないから、それはそれで楽しいとしても選んでいる時のような無条件の楽しさではない。

 ギターメーカーや機種について一般の人よりかは知識を持っていると思うが、実際自分のギターを買うとなると(決めたわけではないのだが)何を選んでよいのか分からない。インターネットで調べると同じような問題を抱えた人は多いらしく、こうした質問がかなりある。答えているのはそれなりにギターに詳しい人(プロかそれに近い人や録音の専門家などが多い)かアマチュアだがギターオタクっぽい人が多いようだ。その回答の中でそれはあなたがどんな演奏をしたいか、するようになりたいかにより答えが変わるというのがあった。もっともだと思い考えてみる。

 自らのビジョンは明確にはなっていないのだが、フィンガープレーを中心としたソロギターをやりたいのが一番で、しかしピックでコ−ドをガシャガシャと弾きたい気持ちもある。値段は15万円から20万円くらいが自分にはいいと思うなどと考えた。こうなるとたぶん国産のやや高級機種になるだろうと思い、ヤマハ、ヤイリ、モーリスくらいが狙い目だろうと思っていた。ネットでいろんな意見を見るとやはり国産ではこの三社のものが無難なようだが、それぞれに異なる意見を言う人もいて悩ましい。

 ヤマハは言わずと知れた大楽器メーカーであらゆる分野の楽器を製造販売している。わたしの今持っている46年前のギターもヤマハだ。ただこの会社はとても幅広いクラスのギターを揃えていて、上級機種となると30万円以上のもののようだ。プロレベルの人たちもヤマハのクオリティの高さは認めているが、このくらいの値段を出す腕前の人になると楽器のクオリティよりも(良いのは当たり前だから)、音の特徴とかが重要になるようだ。要するに自分がこう弾きたいというイメージと楽器の音が合っているかどうかを問題にしている。その文脈でヤマハかマーチンかみたいな議論が出てくる。まあわたしのレベルの話ではない。面白いのはヤマハはとにかく嫌いだという人がかなりいることだ。これはプロよりギターオタクのような人に多い印象だが、ヤマハのギターなど面白くもなんともないと言う。この人たちはマーチンやギブソンをとても好む傾向がある。

 ヤイリは正しくはK.ヤイリで廉価品のS.ヤイリとは別の会社だ。伝説の名工と言われNHKでドキュメンタリーが作られた矢入一男氏(2014年死去)が大きくしたギター工房だ。子息(娘婿らしい) が後を継いでいるがすべて手作りで自社製品はどんな古いものでも修理補修をするという。ポール・マッカートニーはじめ世界中の一流ミュージシャンが使用していることでも有名だ。(これらはアルバレス・ヤイリというブランドになっているらしい)この会社は15万円から20万円でもそれなりに良いものを作っているようだ。しかし少なくない人が鳴りが悪いというコメントをしていたのには少し驚いた。矢入一男氏の死後にギターの出来が悪くなったのではないかという感想があるようだが真偽のほどは分からない。もちろんクオリティの高さを認めている人も沢山いて、コードをガンガン引くよりフィンガーでメロディを弾く方が向いているという意見が多い。K.ヤイリを一番の候補に挙げていたわたしは迷いが深まった。

 モーリスはヤマハと共に日本のフォークブームを支えたメーカーだ。ここも幅広いレンジのギターを揃えているのでネットでは中級品以下と決めつける人もいるが、有名ギタリストにもファンが多く、特にフィンガープレイを得意とする人たちには強い支持を受けている。このブログでも紹介した南澤大介氏もモーリスのギターを使っている。南澤氏のギターは当然ながら特注だが、その類似モデルが販売されていて20万円くらいで手に入る。ただこのモデルはフィンガープレイに特化している感じがあり、ネックが幅広になっている。もちろんピックで弾くのにも適したモデルもありデザインも優れているが、どっちをとるかは難しい。

 上記はそれぞれが一流の国産ギターメーカーだが、その原点はやはり米国のギターだ。3社ともマーチンのギターをベースにして作ってきた。アメリカのフォーク歌手やグループのほとんどが使っていたマーチンD-28とD-45を真似している。ドレッドノート(dreadnought)といわれる大型ボディのモデルだ。これは米国がその本家なので当然だろう。米国人が琴や三味線を作ろうとしたらやはり最初は日本のものをまねようとするはずだ。もう少しカントリー寄りになるとギブソンというお手本が出てくる。すでに書いたようにわたしも学生時代にギブソンバンジョーを買った。ただフォークギターについては、わたしたちが学生の頃マーチンは間違いなく今以上にあこがれのブランドだった。だから何を買えばいいですか?という質問にマーチンやギブソンが出てくるのは当然である。そしてそれは時折日本製への不当な低評価と結びついている。前述のようにプロレベルの人は国産に対してもフェアな評価をしているようだが、一部のギターオタクはマーチン、ギブソンを好きなあまり他を認めない傾向がある。もっとも今のマーチンは1970年代のものと違いがあるようだが(昔のものの方がボディの木の材質が良かったという説がある。ブラジル産のハラカンダという木だが大量伐採のため希少になっているようだ)、今のものも高品質で素晴らしい音を出すそうだし、ギブソンもその比類のない個性的な音は健在だそうだ。

 わたしにとって悩ましいのはマーチンのD-28の新品が30万円前後で買えることだ。予算より10万円ほど出せばマーチンのD-28が買えるなら買ったほうが良いという考えは理解できる。なんてったってマーチンなんだから。ギブソンのギターはどちらかといえばコードをシャカシャカしたりブルースを弾いたりするのに適しているようだから今回の選択にはない。多才で有名な体操の金メダリストの森末慎二氏が新聞に書いていたが、マーチンのギターが欲しくて30万円の予算で買いに行ったが、たまたま(または店の作戦で)出されたマーチンのビンテージを弾いたらその音色に魅了されてそっちを買ったら80万円だったそうだ。奥さんにも長いこと本当の値段を言い出せなかったという。よく分かる話だ。

 しかしわたしはマーチンを買わない。そんな腕を持っていないからだ。わたしが買ったらマーチンに失礼だと言っても良い。そうなるとヤイリやモーリスには失礼じゃないのかと言われそうだが、こちらは値段的に許される範囲だということにしておこう。こうしたあれやこれやの議論を見ていくと何かに似た感じがする。そうネットでのクルマの善し悪しの議論に似ているのだ。500万円から600万円なら何がいいかとなるとメルセデスBMWが圧倒的で国産はレクサスが少しというところだ。メルセデスBMW派は国産の車とは作りも思想も違う、この値段を出して国産を買うなんてと主張する。これをマーチンとギブソンに入れ替えるとそっくりだ。前述したヤマハは嫌いだというのもトヨタは嫌いだと置き換えられる。気持ちは分かるがそんなに簡単に決めつけることはないだろうと思う。

 クルマとギターの選択が違うとすると、クルマは(特に西ドイツ車は)そのポテンシャルまで試せないことだ。西ドイツの道路ならまだしも日本では高速道路でも無理だ。わたしも40歳前にBMWを買ったときはメーターが260キロ(280だったかもしれない)までの表示をしていて、実際いかにも出そうなのに驚いた記憶がある。高速道路でスピード違反で捕まったのもその時だ。それとは違いギターは腕さえ磨けばマーチンやギブソンの音色をポテンシャルの限り楽しめる。音色違反も音量違反もないからだ。家族や近所から文句が出そうならスタジオを借りればよい。何が言いたいかというと、素人が高級車を選ぶのは結局見栄とかこだわりとか憧れだとすると、ギターもそうした部分があるにせよその楽器のすべてを楽しもうと出来る点で少し違うのかなということだ。 

 ギター選びはかくのごとく楽しい。買わないでずっと悩んでいるのでもいいくらいだ。しかしわたしの決断のタイミングは明確だ。今のソロギター教本が終わる時だから。もっともその時期は明確ではない。終わるどうかもわからない。一つ言えるとすれば前の教本より終われる可能性が高いということだ。ホントかな?