歯磨き粉で良いのか?

 インターネットの記事に'歯磨き粉ランキング'というのがあった。とても気になったのだが、それは記事の内容ではなく歯磨き粉という言葉についてだ。英語で言えばtooth powderで、わたしが子どもの頃は我が家にも確かに歯磨き粉があったのを覚えている。それがチューブ式の歯磨き剤に変わったのに、名前は歯磨き粉のままだ。粉でもないのに粉ではおかしいだろうというのがわたしの気持ちだ。英語ではきちっとtooth pasteと変えてある。

 tooth pasteをどう訳すかというと練り歯磨きで、わたしはこれでいいと思うのだがほとんど浸透していない。少し前に元いた会社の若手社員(と言ってももう30代後半の管理職だが・・・時の流れは早いということ)二人と食事した時に、歯磨き粉はおかしくないかと言ったら、練り歯磨きの方がもっとおかしいと言われた。二人とも海外勤務や長期の海外出張などを経験しており、英語の日本語訳にも敏感だと思っていたので予想外の反応だった。

 一度人々の間にしみ込んだ言葉は簡単には変わらないということなのだろう。歯磨きそのものは紀元前からあった行為だそうで、日本でも江戸時代の東京(江戸)では歯磨き粉を使って歯を磨く習慣があったという。その頃から使われていた歯磨き粉という言葉は、その実態が変わり粉でなくなっても、歯ブラシに付けて歯をきれいにするものを意味する言葉として定着しているのだろう。

 わたしたちの身の回りにあるものはみんな名前がついているが、必ずしも適切な名前がついているわけではなく、歯磨き粉以外にも面白い例はある。地下鉄や遊園地、水族館、オフィスビルなどの入口にある、カードやチケットをかざして金属のバーのロックを解除して入場する仕組みのゲートの名前もそうだ。英語ではturnstileというが日本ではきちっとした名前はない。回転式入口という言葉が良く使われているようだが、これだとホテルなどの入口の回転式のドアと混同されてしまうことがある。だからわたしはこれを訳す時は最初に金属バーの付いた回転式入口としてから、文章の流れを見て回転式入口を使ったり、金属バーの存在をほのめかしたりするのだが、ほとんどの人に認知された名前がないからそんな苦労をするのだ。

 ちなみにジーニアス英和辞典は回転式木戸、回り木戸と訳しているが、地下鉄や近代的ビルの入り口にこの訳は相応しくないだろう。恐らくこの訳はカウボーイ映画に出てくる牧場に巡らされている木の柵の一部が、水平に回転する十字形になっていて、そこから人が出入りする作りになっているがそれからきているのだろう。 確かにあれは回転式木戸という訳語がぴったりだ。現代でこれを作ったり販売している企業ではカタカナでターンスタイルとしたり、回転ゲートなどとも言っているようだがどちらも市民権を得ているとは言い難い。よく見かけるのに適切な名前がない例だ。

 もうひとつ例を挙げるとtrestleという言葉がある。辞書では架台とか橋などを支える構脚、架構と訳されているが、建築に詳しい人ならいざ知らずわれわれにはなじみが薄い言葉だ。しかしある小説でこれが何度も出てきてわたしには中々イメージが湧かなかった。それに人を吊るして殺したというのだが、何をどうやったのかよく分からなかったが、色々調べた結果鹿などをつるして解体するのに使う、体操の鉄棒というか脚立の上が横に広がったようなものだろうということが分かった。この国では動物を解体することなどめったにないので、余計に分かりにくいのだろうが、動物を解体する台に何らかの日本語の名前があればもっと簡単なのにと思った。

 余談だが、日本でも子供たち向けのあるキャンプではシカやウサギを解体して食べるそうだ。子供達も初めは気味悪がったり怖がっているそうだが、一度やると平気になり、自分で解体した動物の肉を美味しく食べるという。スーパーで売っている肉は、生きた動物を殺して出来ていることを理解すると、ずっとしっかりし成長するという。人間とは他の生き物を殺して生きているものだという当たり前の事実を教える教育がなさすぎるのかもしれない。

 歯磨きから色々と話が飛んだが、身近なものにきちっとした名前がない半面、政治やビジネスなどでは良く分からない横文字が使われ、それがマスコミを通じて拡散している現状をもう少しきちっと分析して、もっと意味が伝わる適切な言葉を使うべきだという気がする。