「ホテル・カリフォルニア」を日本語で唄う

 ソロギター本の楽譜に’ディスぺラード’があるので,これを弾こうかと思ってイーグルスのCDを聴いていた。悪くはないが'ホテル・カリフォルニア’を聴くとやはりイーグルスはこっちだと感じてしまう。何度聴いても飽きないのが凄い。特にギター練習者としてはイントロとエンディングにしびれる。こんなに盛り上がるギターデュエットはあるだろうかと思わせるエンディングだ。Youtubeで30年以上前のコンサートを見ているとドン・フェルダージョー・ウォルシュが実に楽し気にギターを弾きあっている感じが伝わってきてノリノリの気分になる。最近でもドン・フェルダーが一人でライブショーに出てこの部分をギターソロでやって大うけしていたのがyoutubeにあったが、多くのアメリカ人にとってこの演奏はロックのスタンダードなのだろう。聴いていない人は一度聴いてください。損はしない。

 Youtubeでは多くのミュージシャン(プロアマを問わず)がこの曲を演奏しているのを見ることが出来る。面白いのは日本人の歌手がこれを日本語で歌っていることだ。わたしが見たのはキャンディーズと狩人そしてタンポポという女性デュエットのものだ。キャンディーズのはライブらしく観客の歓声が大きくて歌が良く聞こえず歌詞もよく分からないので良いとも悪いとも言えないが、のんびりしていてノリはもう一つという感じがした。狩人のものはイントロがギターではなくてバイオリンかなにかの弦楽器で出だしからアレッと思うし、歌もメロディーに合わせて日本語をあてはめているので、英語版のように早口でメロディーに乗る感じがなくて日本で作った歌謡曲のようだった。もちろん歌詞も原曲には対応していない。タンポポのはタイトルからして'過ぎし日の想い出'となっていて和製フォーク感満載だ。歌詞は原曲の雰囲気を取り込もうとしているが、実態は原曲にヒントを得て別に作ったものだと言える。

 この三曲ともサビの部分でホテル・カリフォルニアと歌うところは残してある。日本語の歌詞はどうやってそこに持ってゆくかの観点から作ったものだと言っていいだろう。この点ではわたしが子供の頃に(1960年代前半)流行ったアメリカン・ポップスの日本語版と同じだと言ってよい。中尾ミエ伊東ゆかりザ・ピーナッツ、田辺靖男、弘田三枝子たちが全盛だったころだ。当時は原曲そのものがゆっくりしていて、日本語の歌詞をつけてもそれほど違和感はなかった。この場合多くは元の歌詞を参考にして新たに曲に合った日本語の歌詞をつけるという感じだった。しかし今はほとんどの曲がアップテンポで英語の歌詞も早口になり、その組み合わせが曲のノリを生んでいる。これに日本語で歌詞をつけるとやたらのんびりしてしまって原曲の良さがなくなってしまう。ホテル・カリフォルニアはまさにそうだ。だからビートルズくらいから英語の曲は訳されずそのまま歌うようになったのだと思う。

 原曲の歌詞で歌うのはとても良いのだが、この問題点は内容が分からなくなってしまうことだ。歌詞を見て確認すればいいじゃないかとうことだが、英語を見て訳そうとする人は実際あまりいない。もちろん昔だって元の歌詞とは違う歌詞をつけていたじゃないかということも言えるのだが、訳詞をする人はそれなりに元の歌の意味を盛り込もうとはしていたと思う。だから米国発のポップスの日本語歌詞でもなんとなく元の意味が感じられた。訳詞が流行らなくなってから洋楽はリズムとメロディーを楽しむものに変わってしまったように思う。もちろん誰にでもわかるフレーズが出てくるとそれは特に受け入れられる。先の例ではサビの部分のホテル・カリフォルニアがそうだし、ビートルズのヘイ・ジュード、レット・イット・ビー、イエスタデイなども日本人にもわかりやすいフレーズが繰り返されるので多くの人に好まれている。だがその部分だけは分かって口ずさめても、全体の歌詞は知らないというのが当たり前になってしまった。これでは曲を本当に楽しむとは言えないだろう。

 ところがこれにチャレンジしている人がいたのだ。'江崎ちょちょ'という愛知県在住のミュージシャンである。この人はありとあらゆる曲を日本語に訳して唄っている。ビートルズカーペンターズサイモンとガーファンクルマライア・キャリーエリック・クラプトンそしてイーグルスもだ。(もちろん他にも沢山あって紹介しきれないが、有名な曲はほとんどトライしていると言っておこう)この人の凄いところは元の歌詞にできるだけ忠実に訳していることだ。もちろんそのまま訳したらメロディーに上手くはまらないので意訳したり言葉の順序を代えたりはしているのだが、ほぼ元の歌詞に沿って訳している。英語が出来る人らしく、訳そのものはなかなかの出来栄えだ。ギターの弾き語りだが、ギターも上手いし歌も上手い。(youtubeで見たときはマーティンとタカミネのギターを使っていた)

 もちろん英語の歌を日本語に訳すから、一音符に早口で複数の言葉をつけたりする英語のノリを再現するのは上手くいかないところはある。また英語で言うから格好がつくのに日本語だと滑稽で、思わず笑ってしまうようなところもあるのだが、それも原曲がそうだと思えば許せる。実際彼の曲を聴いて初めて原曲が何を意味しているのか分かったという感激のメールが沢山ある。江崎さんの頑張りは凄いと思うが、やはり日本語に訳して違和感が少ないものとこれはどうもというのがあるのは事実だ。'レット・イット・ビー'、'カントリーロード'、'雨を見たかい'などはよかったが、ラブ・ミー・ドウは少し恥ずかしかった。そのあたりの感じは実際に聴いてもらうしかないと思うのだが、本当に難しいなあと苦労が偲ばれる例を挙げておこう。

 サイモンとガーファンクルにスカボロー・フェアという曲があるが、この歌詞は次のように始まっている。
Are you going to Scarborough Fair? Parsley,sage,rosemary and thymn.(スカボロ市場に行くのかい? パセリやセージ、ローズマリー、タイムなどがあるね)という内容なのだが、いきなり野菜や薬草の名前が出てくるところ秀逸だし、これを英語で歌うととても綺麗に響く。Parsley,sageというところがパースリーセージとつながって聞こえるのだ。江崎さんの訳した歌は、パセリ、セージとなってしまい一体感がなくなってしまう。しかし日本語ではパセリはパセリなのだから仕方ない。江崎さんはまじめにこれをやっているので「仕様がないか、大変だね」というしかない。

 肝心のホテル・カリフォルニアの出来栄えは、本人が'原曲に沿って訳したら呪いの館のようになってしまった'のように言っているがなかなか雰囲気は出ていると思う。もちろん先に挙げた3つの例よりはるかに良い。原曲の意味をほぼ伝えながらそれなりのノリがあるのは凄いと思う。ただサビのところでWelcome to the Hotel Californiaというところを'ごゆっくりどうぞ、ホテル・カリフォルニア'と歌うのはやはり笑ってしまう。これも実際聴いてもらわないと善し悪しの判断は付かないだろう。

 ホテル・カリフォルニアに関してもう一つ興味を引いた演奏は米国人のジミーとオランダ人のバスチアンの二人が作ったビデオだ。この二人は会ったことがなく、インターネットでアップルのGarageband(ガレージバンド)というソフトを使い6か月かけて録音したという。ジミーがピアノとヴォーカル、バスチアンがギターを弾いているがこれが物凄く上手い。バスチアンはビジネス専攻の学生らしいがアコースティックギターをすごく上手く弾く。ジミーは多重録音して一人で上手くハモッている。一度も会ったことがない二人がこんな演奏を作り上げてしまうのは驚きで、技術の進歩を利用した結果にわたしはもうついていけそうがない気がする。

 昨夜のニュースでボブ・ディランノーベル文学賞を取ったと聞いて本当に驚いた。わたしもボブ・ディラン世代で初めてギターで歌ったのが'風に吹かれて'だったと思う。この選考が良いのかどうか判断がつかないが、ボブ・ディランノーベル賞に関係なく歴史に残るシンガーなので、彼に今更ノーベル賞を授けるのには選考委員会の何らかの意図を感じてしまう。それでも彼の詩が注目されることで、ポップスやロックの詩の大切さが見直されるなら、良いことだと思うし、今回このテーマを取り上げたのは偶然にもタイムリーだったなとうれしく思う。