「オリンピックを楽しみました」というコメント

 竹田恒泰が「国費を使って楽しんだなどと言うな」とコメントして論議を呼んでいる。確かに多くの日本人選手がオリンピックについてのコメントを求められると「楽しみました」と答えているようだ。なぜこんな風潮が生まれたのだろうかと考えると、アトランタ五輪の際の某水泳選手の言葉と、それをもてはやした久米宏に突き当たる。2012年7月の当ブログでロンドン五輪の日本選手の活躍について書いた。その中で試合後の選手の態度が立派だと感心したのだが、その反対の例として上記の水泳選手のコメント゜日本人はメダルxxxx’を取り上げた。
 
 これは日本国民がメダルに対して過度の期待をしていると批判したもので、良い成績が上げられなかったことへの悔しさがあったのだろうが、国民を批判して済む話でもなく、まあこの選手の思慮の浅さが明らかになっただけだった。それでもこの選手については若気の至りと言えなくもなかったが、その言葉に飛びつき褒めそやした久米宏の態度はまともな大人のそれではなかった。君の気持ちは分かるし、日本人の中にはメダル至上主義みたいな人もいるが、多くの人達は心から君を応援し、頑張って欲しいと願っていたのだから、そんな発言はしない方がいいくらいは言うべきだったのに、無責任、無思慮に褒めまくったのだ。

 それ以来「楽しみました」という選手が際立って増えたような気がする。選手たちが’楽しみました’は好ましいコメントとして扱ってもらえると考え、そう言っておけば安心だと考えるようになったのではないだろうか。

 私は日本での競争を勝ち抜きオリンピックの代表に選ばれた選手が、オリンピックを楽しむのが悪いと言っているのではない。代表と言ってもソチに派遣された選手は113人もいる。客観的に見てこの中でメダルの可能性が高いのは十人前後だ。他の選手は、これがほとんどだが、メダルなどまるで期待できない。だからといってメダルを取れないような選手は派遣するなと言っているのでもない。オリンピックのような大舞台を経験すること、世界のトップの選手たちの試合ぶりや前後の姿を実際に見ることは非常に大きな意義があると思うからだ。日本の代表になる位の人達ならきっと多くのことを学ぶはずだし、それがその選手やその競技の将来の発展につながる可能性は大きい。

 だから良い成績を上げられなかった選手に対して「まず国民にお詫びをしろ」とか「税金の無駄使いをして申し訳ないと思え」などと言うのはまったく間違っていると思う。(それを言うなら113人の選手に対して135人の役員は適正なのだろうかを議論すべきだし、各テレビ局が多数の人を送って同じような報道をする意味があるのかを検証すべきだろう)

 代表になった選手は日本での厳しい競争を勝ち抜いたのだ。世界との差は大きいとはいえ、私たちが想像できないようなトレーニングを重ね、努力と節制をして勝ちとったに違いないのだ。大舞台で緊張し、体調を崩したり、精神的にバランスを欠くこともあるだろう。その結果十分な力を発揮出来ないこともあると思う。しかし彼等が頑張ってやってきた訓練や努力を見逃してはいけないし、試合でも最善を尽くそうとしたことを認めるのは大切なことだ。それをせずに徒に批判したり、軽薄な非難発言をする人たちは、選手に対する、しかも日本のトップ選手に対する敬意が欠けている。

 一方で選手の方も「楽しみました」で済まそうとしてはいけないと思う。選手一人一人は様々な思いを持ち、色々な発見をし、大きな勉強をしたはずだ。それなのに、゜メダルxxxx’の日本国民や゜軽薄なマスコミ゜に自分たちの気持ちなど理解できないだろうと判断して、「楽しみました」と言っておけばいいだろうでは駄目だ。それでは自分自身の成長にもつながらない。

 日本人は一般的に言って自分の考えを表現するのが苦手だ。威張るか、ぶっきらぼうになるか、へりくだるといった態度を取りがちだ。自分が言いたいことを整理し、的確な言葉で、正直に表現する努力をしたがらない。選手たちは(選手だけでなく私たちみんなだが)競技だけではなく、そうした面での訓練もすべきだと思う。 

 もっとも日本選手の中でも世界的なレベルにいる選手は、結果が悪くても簡単に’楽しみました’などとは言わない。かれらは普段から世界のトップと戦っているので、結果がよくても悪くても冷静で客観的なコメントをする。馬鹿なインタビュアーの方が、感情的な返答を期待する質問をしても、相手を傷つけないように上手く受け流したりする。アトランタのあの水泳選手のようなコメントをする選手はまずいない。この意味で最近の日本のトップの選手は世界で色々な経験を積むことで十分成熟していると感じる。

 あい変わらずお粗末なのが、インタビューをし報道をするマスコミだ。’楽しみました’の元を作った久米宏に対する批判精神もなく、それに乗った報道を続けている。世界のトップからは遠く、オリンピックで上位にいけない選手が悔しさを隠すように、時には自分の失敗を正当化するように゜楽しみました’と答えるのに対して、具体的にどうなのかと聞き返すこともない。マスコミがこのままではいくら選手を啓蒙しても効果は限られるような気がする。やはり問題はここかと考えると絶望的な気持ちになる。