現役を引くタイミング

 イチローマリナーズに復帰することになった。45歳で明らかにピークは過ぎているが、本人は50歳までやるつもりだそうだ。昔のようには出来なくてもそこら辺の若手には負けないと考えているのだろう。しかしFAになって中々移籍先が決まらなかったのは、総人件費を抑えるというMLBの事情もあるのだろうが、やはり現在のイチローの力を反映しているのだと思う。同じくらいの働きが予想されるなら、経営者は若い方を取るのが自然だ。イチローの技術と経験があればそこそこの働きはすると思うが、また次のオフには同じことが繰り返されるはずだ。

 スキージャンプの葛西紀明が平昌オリンピックの後で、もっと練習して北京ではメダルを狙うと言ったのにも驚いた。葛西は4年後には50歳になるからだ。2年前の44歳の時にW杯で2位、3位となり最高齢入賞記録を塗り替えたほどだから、それなりの勝算はあるのかもしれない。やはりそこら辺の若手よりまだ上手いと思っているのだろう。

 上原浩治はMLBからはオファーがなく読売ジャイアンツに復帰することになった。彼も42歳である。やはり彼もまだやれると考えているようで日本でならそれなりに活躍するような気がする。

 こうした人たちはずば抜けた才能を持った特殊な人たちだから普通とは違うと思うが、彼らだって力が落ちていることは事実だからどこかで現役を引退することになる。彼らには定年などないので、辞めるのはどの球団からも契約されないか(葛西の場合は日本代表から漏れた時かな)、力の衰え故に自ら退く決断をした時だ。イチローと葛西は今の時点で自ら辞めることはないと言っているし、上原はよく分からないが同じような気がする。彼らはもう少し衰えたとしても、他の現役プレーヤーにないものを持っているので、どうしてもまだやれると考えるのだろう。

 日本のプロゴルフ界では尾崎将司がまだ現役でやっている。彼は今年71歳だ。彼は永久シード選手なので望めばレギュラーツアーに出場できる。しかしほとんど予選落ちで腰と背中に持病があるので歩くのも大変そうで見るに忍びない。そこまでして試合に出なくてもと思うが、彼には彼の事情があるのかもしれない。その尾崎が最後に勝ったのは2002年の全日空オープンで55歳の時だった。55歳で20歳やそこらの若者を含む現役プロに勝ったのだから、イチローや葛西がまだいけるというのは分からなくもない。

 ボロボロになるまでやるのがいいか、そこまでは行かずに少し手前で辞めるか、まだ力を残したままで辞めるか人それぞれだ。個々人の世界観というか人生哲学によって異なるのだろう。わたし個人としては尾崎はもう無理だし(もっと早く米国のシニアに行くべきだった)、イチローも葛西もこの一、二年で十分な気がする。どこからもオファーがないから辞めるよりは、自ら身を引いた方が良いと思うのだが、感じ方は人それぞれ違うからもっと頑張れという人がいても不思議ではない。

 こうした才能あふれた人たちではない、一般のサラリーマンにとっては定年が仕事を離れる時だ。ほとんどの人はまだまだ現役でやれると思っているが問答無用だ。もっとも定年そのものが60歳から65歳くらいに伸びるだろうから事情は違ってくる。サラリーマンが難しいのは日本の雇用システムだと年齢(経験)とともに給与が上がり、職位も上がることだ。定年延長すると必ずしも給与や役職が維持されない。このことに慣れていかなくてはならない。イチローだって最盛期の10分の1くらいの給与で契約したわけだから、サラリーマンも待遇の変化を普通に受け入れるようになる必要がある。もっともイチローは昔の10分の1でも普通のサラリーマンの10倍以上稼ぐのだから例としては不適当だといわれそうだ。それでも10分の1の給与や、控え選手に甘んじるわけだからイチローだって大きな変化に対応しているのは事実だ。

 サラリーマンの意識改革は大切だが、それよりも経営者が意識を変えて会社の雇用システムを一新しないと日本の産業界は上手くいかなくなるだろう。明治以降、また第二次大戦以降、日本の経済が大きく発展してきたのは社会の構造にあった雇用システムを作り上げたからだ。社会の構造が変わったのだから企業も変わらないといけない。企業の不祥事が起こるたびにいろいろな改革案が叫ばれ、新たなシステムを導入するが一つ一つを単発式に導入しても企業全体のシステムの中でどう位置付けられ、他のシステムとどんな相互関係にあるかが明確でないので効果が上がらない。働き方改革、コーレートガバナンスとコンプライアンスの徹底、環境への対応など議論されていて、それはそれでよいのだがもっと本質的なところで従業員を獲得・維持・育成する方法を変えないと効果が上がらないと思う。

 採用、業績評価、昇進、給与システム、教育訓練、人事異動を全面的に変えないと働き方改革コンプライアンスの徹底も効果が上がらないし、定年延長も上手くいかない(モチベーションの低下を招く)。経営者が明確な基準に基づいて従業員の業績を評価し、個々人の生活を尊重する政策を実行すれば、サラリーマンの意識も変わり、仕事とプライベートのバランスをうまく取るようになる。サラリーマンが人生で大事なのは何かを考えて働くようになれば、働き方改革になるし、法律順守の精神も高まる。そして現役を引くタイミングも自分で決められるようになるだろう。そんな企業社会が来ることを心から願っているが夢だろうか。