安倍総理の靖国神社参拝

 安倍晋三総理が靖国神社参拝をおこなった。以前からその意思を示していたので、どこかのタイミングではやるだろうと思われていたが、実行されると大きな反響を呼んだ。元々政治家たちの靖国参拝に反対している中国、韓国の反発は予想通りだが米国やロシアの首脳やマスコミも批判している。微妙な問題で本当の評価は何十年かたたないと出来ないのかもしれないが、わたし個人的としてはどう考えたらいいのかよく分からず、判断に迷う問題である。
 
 正直に言えば、よく分からない理由もよく分からないのでまったく困ったものだが、そんな曖昧な感情を少し考えてみると、この問題の根本にある日中戦争と太平洋戦争に対するわたしの評価なり見解が定まっていないことにつきあたる。この辺りの歴史は学校では全く触れられず、その後本やテレビ、映画で語られたことから断片的な知識を得たにすぎない。わたしは1950年生まれなので中学、高校に通っていた1960年代にはまだこの二つの戦争の評価が定まっていなかったのかもしれない。しかし日本の歴史の中で最も重要な出来事について国がどう考えているか教わっていないし、今に至るまで正式な見解を聞いたことはないのだ。だからそこから生じた靖国問題についても明確な問題意識が持てない。わたしより若い安倍総理は何故あれほどの信念を持ってこだわるのだろうか? A級戦犯に近いと言われた祖父岸信介から刷り込まれた国家観のせいなのだろうか、何か影響されやすく、信じ込んだものを盲信する性格に思えて怖い気もする。

 そう言っていても意味ある議論にならないので、総理大臣の靖国参拝にどんな意味があるのかを自分なりに少し考えてみようと思う。安倍氏の行動に好意的な人たちは以下のように考えているようだ。
 靖国神社は戦争で死んだ軍人を祀っているのだから一国の総理がそこに参拝することは全くおかしなことではない。国のために命を落とした人達がいて現在の繁栄があるのは否定できないからだ。
 また米国やロシアが批判しているといっても、それは彼らの軍事戦略や外交戦略に悪影響をもたらすかもしれないからであり、要するに自分たちの利益の観点から文句を言っているにすぎない。日本には日本の立場があるのだから自分たちの信念に基づいて正しい行動を取ることは当然だ。

 一方で批判する側が主張するのはA級戦犯も祀ってある神社に参拝するのは先の戦争を肯定することを意味する。また信念に基づくといっても、国際関係の複雑さを考慮せずに行動するのは稚拙だし国益につながらない。そもそも安倍氏の信念がどれほどの正当性があるかも明確ではないし、安倍氏も十分な説明をしていない。

 二つの立場を並べてみると、問題は総理の靖国参拝には国際情勢を不安定化させるリスクを犯すほどの意味があるのかという点に集約されるようだ。
安倍総理は参拝で゜二度と戦争をしないと不戦の誓いをした’と述べた。しかし二度と戦争をしないためには、何故日中戦争、南アジア侵略、太平洋戦争をしたのか、何故ある時点での和平が出来なかったのか、何故関東軍の暴走を止められなかったのか、何故敗戦が明らかになっても停戦が出来なかったのか、こうした疑問についての国としての答えを出して国民に示すことが必要なのではないのか? それなしに゜不戦の誓いをした’といっても説得力はないだろう。

 保守派の一部には゜日本は欧米の謀略によって戦争に巻き込まれたので、先の戦争は自衛のためだった’と主張する人達がいる。わたしはその見かたにも一理あると思うが、歴史を見てみると日中戦争は明治以降の日本帝国の拡張主義にあると考えるのが妥当だと思う。それが行きすぎたので阻止しようと英米やロシアが手を組んだ結果、日本は孤立して太平洋戦争を始めざるを得なかったのではないのか。
 確かにイギリス、フランス他のヨーロッパ諸国はアジアを植民地化して富を得ようとしてたし、日本はその動きを抑える働きをした。ただそれはアジアの開放というより欧米と手を組んでアジアに君臨しようとしたのが本当のところではないのか。安倍氏達の保守派はわたしのような疑問には答えることもなく、自立した美しい日本をつくるなどと言っている。こんな態度でいたら諸外国は先の戦争に対する日本の立場や考え方、今後の防衛・国際戦略が理解できないし、日本の主張を信用できないと思う。

 12月29日の朝日新聞にこの件に対して元外交官の東郷和彦氏が意見を述べている。わたしが漠然と考えていたことを明確に指摘した傾聴に値する意見だと思う。また同じ紙面に掲載された小田嶋隆氏の意見も示唆に富んでいる。朝日新聞の記事は時々どうかなと言うのが多いのだが、意見を求める社外の人の人選は感心させられることが多い。

 いずれにしろこの問題はわたしたちが考えていく他はない。Yahooのアンケートでは安倍氏の行動を支持する意見が70%以上だというが、リーダーの一見勇ましい行動を賛美するのはとても危険なのは歴史が証明している。

 話は変わるがNHKの海外ドキュメンタリーの’オリバー・ストーンが語るもう一つのアメリカ史゜はとても刺激的だ。米国の凄いところは拝金主義者が牛耳る状況でも、このような知性と勇気を持った人がいてそれをサポートする人がいることだ。ストーンと対談した歴史学者のピーター・カズニックは゜日本にももう一つの歴史(untold history)があるはずだ。勇気を持ってそれを書いてほしい’と言っている。先の戦争にもそれが必要だと思う。いや、もう一つと言う前に国としての見解さえ示されてないのはやはりおかしいだろう。