個人情報の取り扱いの難しさ

 社員名簿を見るのは中々面白いものだ。あの人はここに住んでいるのかとか、彼とは意外に家が近いなあとか、苗字は知っていたがこういう名前なんだとか、普段分からない情報を知ることが出来たからだ。

 しかし私が勤めていた企業では、社員名簿を作り、社員に配るのを10年以上前に止めてしまった。ちょうど4社を統合した時だったので、新しい人事政策になじめない社員が人事部に不満を持っていたこともあり、このことに対して社員が書き込める掲示板に強い口調で文句を言っていた。私は人事の責任者だったので、この件についての会社の姿勢を説明しないといけないかなと考えていたら、ある女性社員が社員名簿が配布されていた時に、ストーカーまがいのいたずらにあった経験から、人事部の対応を支持すると書きこんでくれて、一件落着となった思い出がある。

 このように個人情報の扱いは、特にセキュリティ上の問題から、慎重でなくてはならない。一方で扱いに神経過敏になりすぎると、仕事をより上手く行うという点からはマイナスが生じる。この辺りの兼ね合いが難しいところだ。

 この6月、7月と放送大学で面接授業というのを行った。放送大学はテレビ、ラジオ等の放送授業と、全国の教室で行われる面接授業(これは教室で教師が実際の講義を行う)の2つの授業からなっている。私はその渋谷キャンパスで「経営管理の基礎知識」と題して8回の講義を行ったのだ。初めてのことでもあり、特に学生の経験、年齢、知識が一定ではないとの情報があったので、どの位のレベルの内容にすべきかが準備の段階で最も悩んだところだった。結論は資料は少し難しめにしておいて、生徒の情報が入ったら、それに合わせて説明で調節しようということだった。

 最終的に37人のクラスとなったが、学校の方からは生徒の情報が全く来ない。多分個人情報の取扱いに注意していて、事前の情報提供をしないのかもしれないと思い、授業当日出かけていったが、生徒のことは全く分からない。出欠を書くための名前のリストを渡されただけだ。すっかり困って何か学生の情報はないのかとたずねると、事務の担当者が名前、性別、年齢、職業、最終学歴、住所等が記されたリストを持ってきて、ここで(事務室)見てくれという。仕方ないので立ったままリストをみて、大体の年齢、大学卒の割合、職業などを頭に入れた。

 児童教育の専門家が子供ポルノを購入して逮捕される時代だから、わたしなども疑われて、情報を渡さないというのも理解が出来ないわけではない。しかし住所や電話番号などはいらないから、学歴や専攻、仕事、経験などが分かれば授業を進める上で参考になるのだ。経理担当者いるなら、会計の授業の時に意見を求めたり、人事担当者には給与システムについての質問をしたり出来る。学歴なども授業の程度を決める際に役に立つ。

 教師が良い授業をするために有用な情報は、結局生徒のためになるのだ。最低限の個人情報もださないのは、リスク管理上は望ましいかもしれないが、授業のクオリティとのトレードオフである。授業のクオリティを犠牲にしても、一切の情報を渡さないというのが、教育の現場として正しいのか分からない。そこまでしないと生徒の安全が守れないとしたら、それは寂しい社会だということだ。