阪急阪神ホテルズのメニュー偽装

 放送大学経営管理の授業(8回で1セッション)をしている。出来るだけ現実の社会、ビジネスに沿った内容にすることを意図しているので、今回の阪急阪神ホテルズのレストランのメニュー偽装問題は’マネジメント・コントロール’、’企業ガバナンスとコンプライアンス’の講義の絶好の教材だ。詳しいことや本当のところはよく分からないが、報道されたものだけでも様々な教訓が得られる。

 報道に接してまず感じたのは次の疑問だった。
  -どうしてこの問題が発覚したか?
  -会社の対応は適切だったか?
  -消費者がレストランに求めるものとは?

 '何故阪急阪神ホテルズはこの問題を公表したのか?'については会社がはっきりと説明していないので事実は不明だ。しかし会社の説明を聞いていると想像できるし、その想像はあまり的外れではないと感じる。最初の会見ではホテルズの営業と人事の責任者と思われる人が、今回のメニュー偽装を’営業担当者の知識不足、認識不足’と’食材の仕入担当と仕入れ業者の連携不足’によるもので、意図的なメニュー偽装ではないと強調した。要するに、うっかりミスのようなもので悪意はないのでご理解、ご容赦を、というスタンスだ。

 当然報道陣からその点についての質問が集中するわけだが、責任者は'なかなかうまく説明しにくい’などと言っている。見ている方が’そうだろう。事実じゃないのだから’と突っ込みをいれたくなるほどだった。明白なのはまったく説得力を持たない説明だったと言うことだ。一つや二つならともかく、四十七品目ではうっかりミスではないだろうというのが印象だ。


 翌日は最高責任者である社長が出てきたので、上手くけりをつけようとしているなと思って見ていると、また前日と同じ説明を繰り返した。’私どもはメニューに嘘を書いて利益を得ようなんてことはしていない’と強調し、結果として事実に反する点はあったが悪気はないとのスタンスを取り続けた。これでけりをつけるどころか事態を一層悪化させてしまった。前日の責任者の会見が失敗だったとは思っていなかったのだろう。

 それこそまったくの認識不足で、前日の会見はまるで信用されていなかったし、問題をすり替えていると受けとられていたのだ。それが分からない二人の責任者もお粗末だし、これをテレビで見た他の役員たちが、大失敗だったと考えなかったのも理解できない。そして社長も同じことを言えばいい抜けが出来ると考えていたのなら、まあこの会社は単なるアホの集まりとしか言えないだろう。ここで社長が事実を説明し、偽装を認めて謝れば事態はそれほど悪化しなかったはずだ。せっかくのチャンスを失ってしまった。そして翌日辞任を発表するが、会社には悪意がなかったと言う主張にはこだわり続けた。そんなこだわりは何の意味もないことが理解できていないのである。

 こうした会社の説明やスタンスを見ていると、今回の問題の公表は、自ら会社の誤りを社会に話して、同じことが二度と起こらない会社に生まれ変わるためのステップだったとは考えにくい。'うっかりミスで悪意はない'で済まそうとしては、本当の原因は解明できないからだ。他のホテルで起こった問題を見て、自らを調べたと言う説明をしたが、公表は泣く泣くのものでそうせざるを得ない状況に追い込まれたという印象だ。だから正直に話そうと言うより、上手く言い抜けることを優先したのだ。おそらく、従業員とか取引先が事実を暴露するのを止められない状況に陥り、それより先に公表すると言う形をとったのではないか。そうしたある種の被害者意識がうっかりミスの強調のベースにあり、かえって嘘の説明との印象を強めたのだと思う。

 メニュー偽装が第一のミスだとすると、社長と幹部がそれはうっかりミスだと言って通そうとしたのが第二のミスだ。これで事態は簡単には収拾できない状況になってしまった。第三のミスは偽装メニューの料理を食べた人には、一定の額を返金すると言ったことだ。レシートや予約の確認もせずに(実際こんなことは出来ないのだが)、言ってきた客には金を返すことにした。これでは言われたままに金を渡すことになり問題解決にはならないし、金で片をつけようとする安直なマネジメントだと思われてしまう。金を返すと言ってもその金は会社の金であり、株主の金だ。直接の株主は阪急阪神ホールディングという持ち株会社だとしても、そこの株を持っているのは一般大衆だ。一般大衆の金を何の基準もなくばらまくことで事態を沈静化しようとしていることになる。これは株主に対する背信行為と受け取られるリスクがある。

 本来お詫びをして幾らかをお客に返金するのが筋だとしても、食べた人を特定するのが難しいので、返金相当額を社会に還元する(苦学生奨学金を出す、施設に寄付をする、東関東大震災の復興に使う等)ことにすれば、支出の妥当性が問われることはないし、必要な金額もつかみやすいはずだ。相手かまわず金を返すという会社の姿勢はいかにも安直で、まじめにものを考えているとは思えない。

 マネジメント・コントロール、内部統制、コンプライアンス、危機管理どの点からもお粗末で、まともな会社の体をなしていない。一流企業グループと言ってもこんなものかと思うと情けなくなる。
 百歩譲って会社の主張を認めたとしても、次の疑問が生じることを考えたのだろうか。'担当者の知識不足、認識不足’という説明は、ろくに専門知識というか基礎知識を持っていない社員を担当にしていることを認めたことだ。適材適所がなされていないし、必要な業務知識と現実とのギャップを埋める教育訓練がされていないということだ。業務を適切に進めるために会社がとるべき最低限の対策を取っていなかったわけだし、それをここに至るまで把握していなかったという社内体制は危機的だ。
 また食材の仕入担当と仕入れ業者の連携不足と言う説明は、もっとも間違いが起きやすい分野である仕入れ業務の内部統制をしていなかったことを示している。発注が正しく行われているか、発注したものが届いているかをきちっとチェックしていれば、仕入れに関するミスは大幅に減る。そのためには発注者と受け入れ担当を分けるなどの対策が必要だ。会社の説明では基本的なマネジメント・コントロールが出来ていないか、まるでない会社なんだろうと思われてしまう。投資家はこんな会社に投資しようとは思わないだろう。

 会社の言い分がそのまま受け入れられてもこうした悪い評価を受けるリスクが高いのだ。会見で会社が語った理由はマスコミや消費者を納得させる信頼性がないだけではなく、仮に受け入れられてもお粗末な会社との印象を与えてしまう。そこを把握していれば、上記の理由にこだわるより、真実に近い説明をした方が得策かもしれないと思うはずだ。社内でそう考えた人はいなかったのだろうか。

 そしてもっと根本的な原因である、何でこんな愚かなことをしたのかという疑問が生じる。簡単に言えば'嘘のメニューを書いてもどうせ分からない’ということだろう。これは過去にあった食品関連の不祥事と同じ原因である。過去多くの企業がお客を欺く行為をとることで市場から退散していったことに何も学んでいない。
 ホテルのレストランにお客が求める大事な要素の一つである食の安心を裏切っている。高い金を払ってまでホテルで食事をするのは、豪華な雰囲気、美味しい料理、良いサービスなどとともに食材への信頼がある。値段が半分以下の大衆店に行くときはそんなことはあまり求めない。値段にはそれを払う客の期待が反映されているし、レストランはその期待に応えることでビジネスが成立し、お客とサービス提供者の信頼が築かれる。'どうせ分からない’からといってサービスの提供者が嘘を付いたらフェアな商売は成り立たない。それほど重要なことなのに阪急阪神ホテルズは'悪意はなかった’で済まそうとしたのだ。サービスのプロとはとても言えない姿勢だ。

 この問題から浮かんだのは、この会社が経営に必要な基本的な要素を何一つ保有していなかったし、それに気が付いてもいなかったと言うことだ。今回の問題の処理の仕方を見ると今後の改善も難しいと言わざるを得ない。経営陣がよほど心を入れ替えて、真剣に会社の体質改善に取り組まない限り将来に希望は見えない。一番気の毒なのは事情も知らない大多数の一般社員だ。愚かなマネジメントは将来ある若者たちを犠牲にしていることに思いをはせ、経営に取り組めと言いたい。