岡田ジャパンの目標設定

岡田ジャパンが低迷している。私はサッカーに詳しい者ではないが、セルビア戦などを見ていると本当にがっかりし情けなかった。岡田監督の戦術や選手の技術的問題は専門家や詳しいファンにまかせるとして、わたしは彼の目標設定の是非についてビジネスマンの視点で考えてみたい。

岡田武史監督が公言している2010ワールドカップの目標はベスト4である。ワールドランキングで40位台の日本がベスト4を狙うのは岡田氏自身も認めているように極めて難しい。一方で高い目標をもつことで選手の意識は高まるし、困難にチャレンジすることで選手の成長も期待できる。その結果チームとして実力以上の力を発揮することはありうることで、岡田氏の狙いもこの辺にあるのだろう。

リーダーシップのプロセスとは、ある人がビジョンを持ちそれの実現に進むうちにフォロワーが生まれ、一体となって目標(中にはそれまで不可能と思えたものさえある)を達成することだというのが以前このブログでも紹介した野田智義、金井壽宏氏の説である。これに従えば、岡田氏のベスト4という目標設定は彼がリーダーシップを発揮するために必要なものだとも言える。しかし問題はチームが一丸となってその目標に向かっているとは感じられないことだ。もちろんプレーするのは選手だから勝てないことが必ずしも監督だけの責任ではない。しかし選手が監督のビジョンに共鳴したフォロワーになっている風にも見えない。選手の実力レベルを無視したような目標を与えた結果、選手がしらけているとすれば監督の責任である。


高い目標を掲げてそれの実現に向かうことで偉大な業績を上げることはよくあることだ。私が知りたいのは高い目標(大言壮語とすら言ってもよい)を掲げても、ある場合はフォロワーが生まれず失敗に終わり、ある場合は成功する、その違いは何なのだろうということだ。ホンダの創業者の本田宗一郎氏がまだ20人位しか社員がいない本田技研工業の時に、みかん箱の上に立って'日本のホンダではない。世界のホンダを目指すのだ'と言って従業員を叱咤したことは有名な話だ。これなど普通の人が聞けば'たいそうな法螺をふくおっさんだ'だと思うだろう。しかし現実に本田技研工業は世界一のオートバイメーカーとなり、その後世界有数の自動車会社になっている。本田氏の成功は藤沢氏と言う良きパートナーを得たことと優秀なスタッフに恵まれたことによるのだろうか? その過程でリーダーシップはどんな役割を果たしたのだろうか?

専門家の意見を是非聞きたいところだが、前述の金井壽宏氏がその著書の中で'選ばれ方から3種類のリーダーがある'というペンシルベニア大学のR.C.ハウスの説を紹介している。それは(1)自然発生的リーダー、(2)選挙で選ばれたリーダー、(3)任命されたリーダーである。この選ばれ方の違いはリーダーーシップの発揮という点で大きな違いがあるような気がする。

本田宗一郎氏は創業者社長だから(1)に近いと言えるが、岡田武史氏は典型的な(3)である。従って岡田氏は本田氏のようなカリスマ性を発揮できず、監督としての権限を行使しながらチーム作りをするというサラリーマン社長のようなやり方しか出来ない。

サッカー日本代表の選手達(現時点では候補)が岡田監督をどう思っているかなどは知る由もない。彼等は自らに課せられた役割を果たすことで勝利に貢献するすることだけを考えているのだろう。彼らにとって監督はジーコでもオシムでも岡田でもよいのかもしれない。どんな状況でもベストを尽くすというのがプロとしての矜持なのだ。それでも日本人監督とも外国人監督と同様に割り切って付き合うのか聞いてみたい気はする。


岡田武史監督がサラリーマン社長のようにポジションに付随する権限を行使することでしか選手を使えないとするなら、本当のリーダーシップを発揮するのは難しいだろう。私の想像だが、その背景には日本がワールドカップへの初出場を果たした1998年のフランス大会の代表から三浦知良をはずしたことがあるように思える。日本のサッカー界が現在の隆盛を(一時よりは落ちているが)誇っている最大の功労者は何と言ってもカズである。高校生の時単身ブラジルに渡り、多くの苦労を重ねプロとしての実績を作った後に、日本チームでワールドカップに出ようという目標を持って帰国した彼なしにはワールドカップ出場も簡単ではなかったろう。選手はカズの偉大さをよく知っている。岡田氏が日本代表の監督としてフランスワールドカップに出られたのもカズのお陰と言ってもよいのだ。

フランス大会の予選のころカズの調子は落ちていたかもしれないが、そしてカズ自身最盛期を過ぎていたかもしれないが、また岡田氏と個人的な確執があったのかもしれないが、日本サッカーの最大の功労者がまだ現役で十分できるのにメンバーから落としたのは岡田氏の最大のミステークであろう。岡田氏は一生この過ちの報いを背負って生きなければならない。岡田氏の決断は任命されたリーダーの限界を示すものに思える(もちろん任命されたリーダーにも本来のリーダーシップを発揮できる人はいるが、岡田氏はそうではないことをカズの一件で示した)。 その彼が目標はベスト4と言っても盛り上がらないのは当然の気がする。カズの若い時の生きざまを読んだ人で、その苛酷な人生にチャレンジしてきた魂の強さ、純粋さに感動しない者はいないだろう。そのカズを天下の晒しものにした罪の大きさは言い表せない。カズはプロ野球でいえば長嶋茂雄なのだ。

ワールドカップ南アフリカ大会は6月に行われる。だからどんな結果になるかは分からない。奇跡が起きて日本がベスト4とか予選突破とかを果たさないとも限らない。もしそうなったら無責任なマスコミは大騒ぎをするだろうが、私の気持ちは変わらない。岡田監督の目標は単なる大言壮語で誰も心から信じてはいない。社員を大事にしない経営者が尊敬されないように、会社の基礎を作った功労者を大事にしない男に重要な仕事を任せることはできない。