老いること、死ぬこと

 今年72歳になる。7回目の年男だと言ったら、妻に6回目でしょと直された。0歳の時を1回目とすると7回目だと思うのだが、そう主張しても簡単に同意する相手ではないので黙っておく。7回目ともなるとこういう点で少しは成長するというか経験に学んできた気はする。これは年を取って人間が出来たのというのではなく、単に何度も経験した状況への自分なりの対処方法をつかんだということにすぎない。野球で言えばある投手のカーブが打てなかったのを、何度か対戦するうちにファウルで凌ぐことを覚えたようなものだ。

 

 72歳になると人間的には成長していなくても、老いとか死とかが身近に感じられてくる。友達にも死ぬ人が出てくるし、自分もそう遠くはないのかななどと考えたりする。だからと言って生活態度が変わるとか、考え方に変化が起こるというのではない。元気に楽しくやりながら死ぬまでは生きていこうという感じだ。ゴルフをして、ギターを弾いて、好きな本を読み音楽を聴くという毎日だ。ゴルフやギターを練習して少し上手くなったと感じたり、読書で新しい知識を得たり、音楽に感動したりするとワクワクするのは今も変わらない。ただ若いうちはそういったワクワク感が生きていくエネルギーに繋がった気がするのだが、年を取るとそんな感じはなくただそれだけと言ったところだ。つまらないと言えばそうなのだが気楽と言えば気楽だ。無意識にこの先には死が待っていると感じているのだろうか。そこまで言わなくても若い時のような人生の発展はもうないという感覚は強い。

 

 年を取るというのは未来が小さいという意識に慣れていくことのような気がする。もちろん肉体的な衰えははっきりしていてそれに慣れてゆくこともあるのだけれども、もう残された時間は限られているんだという意識のほうが強いインパクトを持って迫ってくる。だから同世代の友人や有名人の死に強く反応する。先に書いたように’自分にも何があっても不思議はない’という感覚が一番強いが、正直に言うともう少し複雑な心境になるのだ。先に死んだ友人を悼むと同時にうらやましい気が生じる。死んだ人や残された家族を考えると不謹慎と言われそうだが、こうした気持ちがあるのは否定できない。多分歳をとればとるほど肉体的な衰えが進み一層死を意識せざるを得ない、自分を待っているのはこうした未来だと分かっているからだろう。今はまだ楽しく生きていられる。だがいつまでそうしていられるのか、そうできなくなった時にはどんな生活になるのか、と考えてしまうからだ。まだ元気なうちに人生を終われた人への羨ましさはそこから来ている。だからといって早く死んだほうがいいと考えるわけではないところがややこしいのだが。  

 

 芸術家などで中年以降に自死を選ぶ人たちは、それぞれ色んな悩みを抱えていたのだろうと思うが、元気なうちの死に対してのこだわりもあるような気がしてならない。感受性の強い人が多いだろうから、脳に存在する創作や美への情熱(精神的な若さ)が肉体の衰えと相入れず、そこに残された時間の少なさからくる焦燥が加わり生きてゆく活力を失っていくように見える。その点わたしのような凡人のほうが色んなことをどうにかやり繰りして生きてゆけるのかもしれない。

 

 死ぬことが怖いという気持ちは薄い。何人もいずれ死ぬのだから同じだ。そこまでどんな生活が待っているのか分からないけれども、昨日と同じように生きてゆく。しかしこうした生き方に価値はあるのだろうか。それとも老人は生き方に価値を考えなくてもよい特権を持っているのだろうか。わたしにはよく分からない。それでも社会との関わり合いを保つなり増やすなりすることが大切だという感じはする。

 まあ、とりあえずは来月のゴルフの予定を立ててからギターの練習をしよう。

 

2022年の日常は?

 いつもこの時期になると来年はどんな年になるのだろうと考える。テレビや雑誌の特集でもそんな記事が多くなる。ずっと昔から変わらない。人間とは知りえない将来を知りたがるものなのだろう。知ることで何かいいことがある、金儲けができるとか、出世できるとか、成績が上がるとか考えるのかもしれないが、多くに人にとっては来年も大きな変化がなく今と同じような日常が続くことを聞いて、漠然とした不安から逃れたいのではないだろうか。

 

 誰にも将来のことは分からないから、わたしは今年と同じ状況が続くと考えることにしている。今年を振り返るとコロナによる制約はないとは言えないが、普通に過ごしたと思う。もちろん2年前までとは違って行動は控えめだ。海外旅行は行かないし、繁華街へ行くのも極力避ける。月に二回、ギターのレッスンで横浜駅近くに行くが、今年は三か月休んだ。来年の一月も休む。ギターレッスンは不要不急だからだ。それでも国内の旅行は何回か言ったし、ゴルフも30回くらいした。どちらも車を使い出来るだけ人との接触を少なくする。こんな生活が二年近く続くと、もうこれが一種の日常になってきていて、マスクをしたり、手洗いを徹底したり少し面倒だが、どうにか慣れてくる。多分そう考えるのがこれからを生きる上でのベースラインになるのだと思う。

 

 だから来年も海外旅行の業界は大変だろうし、レストランもまだ昔のようにはならない。そうした業界の人たちは本当に厳しくて気の毒だと思うが、そういう世界になってしまったのだ。わたしたちは安全を確保しながら手近な旅行先を選んで少しでもそうした業界の助けになるようするしかないだろう。一番いいのはこうした状況を上手く使って旅行業界が新たな需要を作り出すことだ。もちろん簡単なことではないが、同じことをしながら昔のような状況が来るのを待つのは賢明ではないと思う。

 日本では最近コロナの新規感染者数が低く抑えらえているが、それを受けて多くの企業が社員のリモートワークを減らし出社を増やそうとしているという報道があった。わたしはそれは少し違うと感じている。せっかくリモートワークが行われてきたのだから、それをもっとうまく活用することを考えるべきだと思う。出社が基本でリモートワークは緊急の避難措置だと考えている経営者は間違っている。また2年前のような状況に戻ると思っているのかもしれないが、時代が根本的に変わったと考えて経営をすべきだ。リモートワークの功罪をきちっと分析してもっとうまく利用することを考えるべきだ。それが従業員のモチベーションの向上につながると思う。社員を大切にしない企業は淘汰される。

 

 もう一つの心配は巨大地震と富士山の大噴火だ。専門家に言わせるとこれは避けられないそうで、そうなら少しでも被害が小さい形になるのを祈るしかない。こうなると運任せのようだが、政治の力は重要だ。東日本大震災の時の首相の行動やリーダーシップが問題になったのは記憶に新しい。今の政党、政治家に頼れるのか、2022年はそれを真剣に考えて行動する年でもあるような気がする。

na Reloはいいね

 YouTubeを見てて最近知ったのが、na Reloだ。福岡のポップスバンドで、よく分からないバンド名だが、彼ら自身がカタカナでナレロと書いている。女性ヴォーカルが二人に男性のギタリストとドラムの4人グループだ。オールディーズというか懐メロというか、1960年から90年代くらいのポップスを中心に演奏する。米国の曲も日本の曲もやる。初めて聴いたのが'Rhythm of the Rain'(悲しき 雨音)で、まあとても古い曲でカスケ-ズというバンドでヒットした。英語のバンド名は The Cascadesでまさに曲に合った名前でそのせいかこの曲しかヒットしなかったような気がする。(cascadeはdownを付けて動詞で使うと’流れ落ちる’という意味で、昔勤めていた会社の外国人上司が良く使ったのが懐かしい。もっともこのバンドがどういう意味でこの名前を付けたのかは知らないし、他の意味があるのかも知らない)

 

 最初に聞いて興味をもってたくさんの曲を聞いたがどれもとても懐かしくかつ洗練されている。ギターもパーカッションもヴォーカルを引き立てる演奏で心地よい。もちろんヴォーカルが良いのだが、全体的に力が抜けた感じが聴き手の心をいやしてくれる。j-POPでは大滝詠一がいい。わたしは初めてチャンネル登録をしてしまった。オリジナル曲があるのかどうかは知らないが、彼らに合った曲があればヒットしそうな感じがある。でも彼らに合う曲を作ってくれそうな大瀧詠一加藤和彦ももういないなあ。去年の10月にこのブログでハラミちゃんのことを書いたが、彼女はその後どんどんビッグになり、今年の紅白に出るらしいし、1月には日本武道館でリサイタルをやる。だからこの人たちもどうなるか分からない。応援していきたいと思う。

 

 11月に痛めた背中がまだ痛い。医者に行って薬をもらっているのだが、中々痛みが消えない。特に座っているのが良くなくギターを弾くのは最悪だ。ゴルフはしている時はいいのだが終わると痛い。この二つが楽しみなのに・・・来年は年男で72歳になるのだから体の具合が良くなくても仕方ないのかもしれないが、本人はもっと練習してギターもゴルフも上手くなりたいと思っているのだ。そんなことは考えずに楽しめばいいじゃないかと言われるかもしれないが、上手くなろうと思わなければ楽しくない。特にギターの先生から勧められたギター用の編曲は来年もやってみたいと思っている。今年は先生に楽譜の書き方を教わりながら、井上陽水の’少年時代’をギターアレンジした。次にやりたいと思っているのは、Back Numberの’ヒロイン’とChicagoの'Hard to Say I'm sorry'( 素直になれなくて’)だ。上手くできればいいのだが。

 

 話は変わるが岸田首相は経済音痴なのだろうか。格差是正を言うのはいいし、正しいと思うが株価下落を呼ぶ発言はしないで欲しい。経済は政治以上にグローバル化しているから、他の主要経済国とは違う発想で市場に関連することを言うと株価に影響が出る。誰かその辺をもう少し教えてあげてくれ。   

 

この2か月間になにが・・・(2)

 前回の最後に書いたように今回は楽しい話題から始める。MVPの大谷翔平については8月26日の当ブログで書いたように、わたしが勝手に思いえがく夢がある。その夢は(実現しそうもないものだが)まだ10年くらい先のことだ。それまではMLBのスター選手としての大谷の活躍を見てゆくことになる。インタビューで大谷は来季は今年以上の成績をあげたいと自信ある表情で語っていたので、どんな成績になるか本当に楽しみだ。投打で既定の回数を超えて、両部門で何かタイトルをとれたら凄いと思う。

 ビッグボスこと新庄剛志監督は毀誉褒貶が半ばするだろうが、これだけの注目をあげながら期待に応えていこうという姿勢はプロ選手として秀逸だ。派手なふるまいはそれとして意外に常識的なところがあるので、試合になるとオーソドックスな戦術をとるような気がする。彼に期待するのは次のスターの育成だ。燻っている清宮をはじめ才能のある若手を見出し、一流選手に鍛え上げて欲しい。

 ヤクルトとオリックス日本シリーズはヤクルトの3勝2敗で神戸に戻ることになった。毎試合緊迫した接戦で、地味だが実力のあるチーム同士の好ゲームとなっている。この2チームの戦いとなって良かったとしみじみ思うが、そもそもクライマックス・シリーズとは何なのかと考えざるを得ない。もういい加減に止めるべき愚かしい制度だ。

 真鍋淑郎氏のノーベル物理学賞で、あらためて多くの日本人研究者が海外で研究を続けていることを教えられた。真鍋氏が米国籍を有していることをもって頭脳流出ととらえる人も多いが、そうしたことを気にせずにどんどん将来性のある研究者を海外に送るべきだと思う。やる気のある人ほど前例のない特異な研究をするが、そういう人は中々日本の一流大学では力を発揮できないからだ。色んなしがらみが多すぎるのだ。閉鎖性の高い日本の大学の変化は非常にゆっくりしている。それならば優秀な人たちをどんどん海外に出すことで、もぬけの殻になった日本の大学の変化を促すしかないように感じる。

 

 この2ヶ月の出来事に関する感想を書いたが、わたし自身は体の調子のこともあって家で過ごすことが大半だった。背中痛でギターが弾けないとなると本を読むくらいしかすることはない。ミステリーは姫川玲子シリーズが少し飽きたので海外モノを選んでみた。アンソニーホロヴィッツの「ヨルガオ殺人事件」、リー・チャイルドの「宿敵」はどちらも面白かった。両方ともかなり長い小説だが、短い期間の出来事を詳細に語りながら、過去の経緯なども組み込んで読者を飽きさせない。こうした骨太のミステリーはやはり海外モノがいいなあと思う。読んで損のない作品だ。

 新書も何冊か読んだが、「立花隆の最終講義」が抜群に面白かった。知的刺激にあふれた講義で確かに’知の巨人’と言われたのも分かる。立花氏が70歳になった2010年に東大生に行った6時間の講義をまとめたものだ。冒頭で立花氏は70歳になり死を身近に感じるようになると、それまでとは違う心境になり若い人たちに何か話しておこうと思ったと言っている。氏は今年80歳で死去したが、このような知性にあふれた人でも、わたしたちと同じように死を意識すると新たな心境になるのだと興味深かった。内容は多岐にわたって深く、立花氏が知性と好奇心の塊の人だったと感じさせる。大谷翔平と同じ時代を生きているのが何か嬉しいように、こうした凄い知性の人の著作を同時代で読んでこれたことがとても幸運に思う。

 

   

 

 

この2か月間に何が ・・・(1)

 前回の記事が10月1日なので、2ヶ月近くブログをアップデートしなかった。多分わたしとしては最も長いインターバルになった。いつものように生活していたのだが、ひどい背中の筋肉痛で椅子に座るのが辛くてさぼったというのが本当のところだ。大好きなゴルフとギターもあまり出来なかった。特にギターは少し弾くと筋肉が固まるようになり、1曲弾くたびに立ち上がり背中を伸ばさないと痛みに耐えられなかった。その内、気管支喘息の症状がでたり口内炎が複数できたりと散々の状態で、本当に気が挫けそうになった。人は一つの悩みでは死なない(自殺などしない)が、2つ以上の悩みや悲しみがあると危ないと何かで読んだ記憶があるが、体の痛みも2つ以上重なるとめっきり弱気になってしまう。

 

 その間世の中ではいろんなことが起こっていてどれにも関心があったので、ここであらためて振り返ってみたい。

1.岸田総理が就任後すぐに衆議院の解散を行い総選挙を行った。これは成功し、自民は単独過半数を維持し、立憲民主党は予想に反して大きく議席を減らし枝野代表は辞任した。また何人かの大物議員が落選した。(一部は比例で復活)

 

2.秋篠宮家の眞子さまが小室圭氏と結婚し、記者会見を行った。その後二人はニューヨークへ行きそこで新婚生活を開始した。

 

3.コロナの新規感染者数が激減し、緊急事態宣言も解除された。

 

4.日本大学の理事と大阪の医療法人の理事長が日大の病院建て替え事業に関連し、背任容疑で逮捕された。日大理事長の田中英寿の関与が焦点になっている。

 

5.京王線で無差別テロがあり一人が刃物で刺され重体に、その後犯人はより多くの人を殺傷しようとして車両に放火した。

 

6.東京都議員の木下富美子氏が複数回の無免許運転および当て逃げを隠して当選した。事件発覚後姿を隠し都議会からの辞任要求を拒否していたが、一昨日辞任を表明した。

 

7.最後はまとめて気分の良いニュース。

大谷翔平ア・リーグのMVPを満場一致で獲得。

+それぞれのリーグで1位になったヤクルトとオリックスがCSで勝ち残り、日本シリーズで対決。現在のところヤクルトが2勝1敗でリード。

新庄剛志日本ハム監督に就任。新しい風を吹かせるか期待。

+真鍋淑郎氏がノーベル物理学賞

 

 他にもいろいろとあるし、海外の出来事も多かったが、ここではわたしが興味を持った項目をあげてみた。こうして並べてみるとそれぞれが重要な出来事だが、コロナを除いて過去にも同様のことがあった。そう考えるとどれも目新しいことではない。問題は同じようなことが繰り返されているが、過去に起こった時の議論とか教訓とかが生かされているのか、前より何か対応に進歩はあるのかということだ。わたしには教訓が生かされたとは感じられない。そういう問題意識をもって上記の項目についてわたしの感想を書こうと思う。

 

1.今回の衆議院議員選挙の結果を見ると、有権者は大きな変化を望んでいないのだと感じる。但し現状には問題があるので何らかの改善や浄化が必要だと考えている。一国の顔としては物足りなかった菅前総理が辞任したこと、ハト派の岸田氏は長く権力を保持した安倍元首相と比較すると、政治手法も穏健だろうと思われることもあり大きく票を減らさなかったのではないか。浄化を望む有権者の意思は甘利明平井卓也石原伸晃などの自民党有力議員や小沢一郎などの大物野党議員の落選となって表れた。

 

 それにしてもこの自民に逆風と思われた状況で議席を大きく減らした立憲民主党は問題だと思う。ここの所属議員は何故今回の結果になったのかを真剣に考えないとまずいだろう。要するに国民に期待されていないのだ。立憲民主党の政治姿勢や政策が国民の求めているものとマッチしていないのだと思う。先に書いたよう国民は大きな変化は望んでいない。しかし安倍政権に見られたような、強権的に不都合なことを隠すやり方はやめるべきだと感じている。また米国でトランプ前大統領が煽った国民の分断が格差拡大という形で日本でも起きるのを心配している。

 こうした中で自民党との違いを強調したいのだろうが、現状の変更ばかり訴えるのではなく多くの国民の安心を維持しながら段階的に変化を進める姿勢を見せたほうがいい。政治手法や国民とのコミュニケーション、富の再配分、教育投資で与党とちょっとした違いを出し、それを 上手く訴えるべきだと思う。あれも変えるこれも変えると言い続けると国民は不安を覚えてしまう。いろいろあってもまだ日本は良い国だと多くの国民は感じている。この層を取り込めなくては自民と渡り合えるようにはなれないと思う。 

 

2.眞子さまについては以前にもこのブログで書いたが、少し放っておいてあげたらと思う。せっかく好きな人と一緒になれたのだから。その人が結婚相手としてふさわしくないとか、我々の税金で良い暮らしをするのは許せないとか色んなことが言われているが、こうしたことの結果は眞子さまが受け止めるしかないもので、眞子さまにはそうした覚悟があるように見える。特にTVのニュースショーはひどいものでいたずらに事態を悪化させて視聴率を稼ごうとしているとしか思えない。もういいだろう、十分じゃないかというのがわたしの感想だ。

 この問題を取り上げたいのなら皇室の在り方、そもそも皇室を維持すべきなのか、という点まで踏み込む覚悟をもって番組を作るべきだ。また我々の税金うんぬんをいうなら、皇室問題よりもっと取り上げるべき項目があるはずだ。無駄な公共投資や、国会議員や地方議員の数の問題や、財務省の矢野次官が提起したバラマキ政策など、沢山ある。特に矢野次官が文芸春秋に発表した論稿はバカな政治家が批判していたがとてもまともなものだ。国会議員の選挙だけではなく、地方の首長の選挙でも公約に現金バラマキが目立つ。バラマキをしたいなら税金を使わず自分の金でやれと言いたい。国民の金を自分の金のように言って偉そうに配るなどと言うな。眞子様から少しそれたがテレビも視聴者ももう少し大人になってこの国の将来を議論すべきだと思う。

 

3.コロナの新規感染者数の激減は素晴らしい。日本ではワクチン接種のタイミングが欧米より少し遅かったことが結果としてデルタ株の防御になったとか、徹底したマスクの着用、三密の回避の努力との複合的な効果、など色々と理由が分析されている。外れではないのだろうが、正確なところは専門家にも分からないようだ。(少なくても断定はしていない)この状況を見て、急減の要因も分からないのに偉そうに政策に口を出すなと医療の専門家を批判する人たちがいるが、それを言ってはいけないと思う。菅前首相がエビデンスはないという分科会の議論を盾にコロナ蔓延のリスクを無視してGO-TOキャンペーンに突っ走ったことを思い出させる。欧米の現状を見たら第6波が日本でも起きるリスクは否定できないだろう。緊急事態宣言を解除したからと言ってすぐに経済をフル回転させるのではなく、追加ワクチンの接種を進めながら慎重に経済活動を拡大すべきだと思う。

 

4.日大問題はこの組織がいかに病んでいるかを示している。ここの理事たちには子供のために高い月謝を払って日大に通わせている親たちや、アルバイトをしながら学校に通う学生のことは頭にないのだろう。逮捕された理事は当然辞任だが、理事長までやめるかどうか不明だ。しかし仮に理事長を含め理事全員を変えたとしてもこの大学・学校がまともになるかは疑問だ。組織全体が腐っているからだ。理事の下の部長や課長たちはこれまで上司がやってきたことの中身を知っているし、そのやり方が身についている。上が変わろうと実際に仕事をする人たちが同じなら、また不正は繰り返される。中にはまともな人もいると思うが、悪貨は良貨を駆逐するのだ。ダメな組織は簡単には変わらない。

 ひどい不祥事を起こす企業はトップが変わろうと反省を表明しようと簡単には変わらず過ちを繰り返すのと同じだ。東芝みずほフィナンシャルグループ三菱自動車などがいい例だ。日大はどうしようもないが、何かしないといけないならやはり理事全員を変えて外部から人を入れるしかないと思う。そうとうな見識と勇気と実行力をもつ人が理事長になって、長い時間をかけて組織風土を変えていくしかないと思うが、果たしてそんな人はいるのだろうか。いたとしてもこんな仕事を受けるだろうか。思い切って理事の半分くらいは外国人にするのも効果があると思う。組織の制度的な弱点をつぶして改善するマネジメント・コントロールの知識と経験は外国人ビジネスマンのほうが明らかに勝っている。有能な外国人をスカウトするには高い金を払わなくてはならないが、それでも不正にあふれた日大の現状よりはコストは小さいかもしれない。

 

5.京王線の事件は一種の無差別テロだ。許しがたい犯行だが、これを防ぐのはとても難しい。鉄道会社や警察は何らかの対策を考えるだろうから、それはそれとして進めてもらう。一方でわたしたち乗客は自分の身を守るための行動を心掛ける必要があると思う。と言っても武道などを習得するのではなく、これまでよりもっと注意深くなるということだ。公共交通機関はパブリックなスペースであることを再認識して、携帯ゲームや音楽に没頭するのではなく、同時に周りの状況に気を配る。もし何か不安な感じがしたら、躊躇せずにその場から離れる。こうしたことだけでも最悪の状況を免れる可能性が高まるだろう。

 

6.東京都の木下富美子議員の件については呆れて話すことがないくらいだ。木下氏は辞職を表明したので元議員ということだ。こんなすごい人は中々いないが、これからも同様の問題が起こることもありうるので、法整備を含めて何らかの対策を練っておくことは必要だ。選挙前に起こした不祥事を隠したまま当選してしまう問題については、立候補者については不祥事があった場合選挙前に公表することにする。選挙民がどんな不祥事か知ったうえで投票するのならフェアだし、不祥事が軽微だと判断され候補者の能力があれば当選することもあるだろう。不祥事を隠蔽して当選した場合は無効とする。このくらいは決めておかないといたずらに居座りを許すことになると思う。

 

7番目は楽しい話題なので次回に書きたい。日大や木下元議員のことを書いたらすっかり疲れて背中が痛くなった。

自民党は衆院選で苦戦するかも

 9月はブログを更新しなかった。書こうと思った時に腰痛になり4-5日机に向かえなかったこともあり、何となくさぼってしまったのだ。全般的には元気だったのにさあ書くぞという思いに駆られないのは、やはり年を取りエネルギーが落ちてきたのだと思う。それでも自民党の総裁選の騒ぎに関心を持ち、エンゼルスの大谷を応援し、阪神タイガーズの失速に腹を立てるなど以前と変わらない日々を送ってはいた。最近は誉田哲也の姫川玲子シーズにすっかりはまりもう7冊目を読むところだ。テレビや映画で姫川玲子を演じた竹内結子さんが亡くなって1年も経つなんて信じられない。男性作家が女性刑事を書くのは難しいだろうが、作者が女性の心理をうまく書いているのがこの小説の面白さの大きな要素だと感じる。もっともこれは男性読者のわたしの感じなので、女性はどう評価するか知りたいところだ。

 

 ギターのレッスンは休んでいるのだが、欠席前に教師にアドバイスされたこと、自分が好きな曲をギター用に編曲するのをやっていた。楽譜を書くなどついぞないことなので、苦痛だがとても新鮮な経験になった。井上陽水の「少年時代」にトライした。彼のCDを何度も聞き雰囲気を掴もうとした。陽水の曲の多くはベースがオシャレなのだが、この曲はピアノがメインで間奏のところは管弦楽器がリズミカルで美しい旋律を奏でる。ギターでまねても中々原曲の雰囲気は出ないのだが、変にギター用に変えるよりも元を生かしてみた。当然のことだがギター用の編曲は編曲者のギターの力量と密接にかかわる。音楽的な才能がすごく高い人はギターが弾けなくても上手くギター用の編曲をするのかもしれないが、普通はギターの技術が高いほど編曲の幅が広がる。わたしのような下手は自分で出来る範囲でやろうと思うから中々原曲の良さが出ないのだと思う。

 

 自民党総裁選は事前の予想通り決選投票で岸田氏が勝利した。マスコミでいわれているように菅氏退陣の発表により今度の衆院戦での自民党惨敗はなくなったという空気が強まり、議員は保守的な選択をしたのだと思う。河野氏へ権力移行することにより若返りが進むことへの恐れを多くの議員が持ったのだろう。こうした気持ちを河野氏より年上だけでなく、同じか少し下の年代の議員も抱いたことが河野氏の大敗につながった気がする。

 昨日から岸田総裁の元での自民党の人事が出てきているが、麻生副総裁、甘利幹事長と聞くと菅政権と変わり映えがしないどころか、もっと後退しているようにも見える。次は組閣になるのだが、ここでもバランスを意識しておかしな人選をすると国民の評価は一気に下がると思う。菅内閣は安倍麻生組と二階氏のバランスの上に立っていたが、今度の内閣は安倍麻生100%だとなりそうだ。安倍総理の時のような自分の都合悪いことは権力を使って封じ込めて強弁する時代が続くと感じれば、国民は自民党を選ばない可能性が高まる。野党にとってはチャンスなのだが、このチャンスを生かせる人物がいないのがつらい。もう少し野党に票が入って自民党との議席差が少なくなれば政権側ももっとまともな政治をするのではないかと感じるだけに、衆院選までの岸田内閣の政権運営を国民がどう評価するのか注目しよう。

 

大谷翔平の未来;わたしの夢

 大谷翔平は今日のオリオールズ戦に投手と1番打者で出場したがもう一つ精彩を欠いた。見るからに疲れが出ているようでファンとしては胸が痛んだ。少しゆっくりと休んで欲しいと思うが、同時にホームラン王争いで負けて欲しくないし、投手として2桁勝利をあげて欲しいという気持ちも強い。ファンとは全く勝手なものだ。まあそれほどのスターということなのだ。9月は暑さも峠を越すし、試合日程も少し楽になるようなので、今の活躍を維持して無事にシーズンを終えて欲しい。大谷は今や日本のスターではなく、世界の野球界全体の宝であり欠くことの出来ない存在なのだから。

 

 大谷の将来についてわたしは秘かに夢を持っている。わたしがどんな夢を持とうとわたしの勝手なのだが、それを考えると楽しくなってくるのだ。将来と言っても投手と打者の両方ををいつまで続けるのかとか、エンゼルスから他の球団に行くのかという野球の話ではない。大谷が野球をやめた後のことだ。わたしが描く夢は大谷が30歳台後半で野球を引退してから、プロゴルファーになってPGAで活躍することだ。松山もまだ現役で活躍しているだろうから日本人ゴルファーが二人でPGAを盛り上げたら楽しい。

 

 35歳くらいから野球のオフシーズンにゴルフを始め、野球を引退して38歳くらいから本格的に本格的に練習をして2年くらいのうちにプロゴルファーになる。大谷の驚異的な身体能力を考えると出来ないことはない気がするのだ。そんな考えはいくら何でもプロゴルファーに対して失礼だと言われるかもしれないが、大谷は世界最高峰のMLBでみんなが無理だと思っていたことをやっているのだ。それも信じられないほど高いレベルで。

 

 野球とゴルフはボールを打つという点で共通点があり、日本の元プロ野球選手には上手いゴルファーが多い。東尾、原、真弓などは有名だ。もちろんアマチュアとして上手いのでプロとは全く違う。その意味で簡単にプロにはなれるものではないのは事実だ。オリックスからMLBに行き投手で9年間活躍した長谷川滋利もゴルフが上手く、2017年には全米アマの本選出場を果たした。その後も日米でシニアプロになることに挑んでいる。ゴルフをやる人は分かると思うがゴルフが本当に強いかどうかを決めるのはショートゲームで、これはグリーンそばからのアプローチショットとパターをいう。もちろん飛ばすことも大事だがやはりコントロールのほうが重要だ。この点野球でピッチャーをやっていた人のほうがゴルフが上手くなるそうだ。内角外角,高低にボールを投げ分ける技術がものをいうのだろう。

 

 大谷は打者としても投手としても超一流だ。ゴルフでもドライバーでかっ飛ばし、難しいラインのパットをホールに入れることが出来そうだ。40歳前くらいにプロゴルファーとしてデビューし、PGAで何勝もしたら凄いことだ。野球界でスーパースターになった後、ゴルフでもスーパースターになったらまさに漫画のヒーローだ。こんな荒唐無稽な夢が実現するか分からないが、また今71歳のわたしがいつまで元気でいられるか分からないが、こんなことを考えているとあと15年くらいはぜひ健康でいたいと思ってしまう。大谷はそんな夢を見させるスターだ。