農協職員の横領頻発の背景(2)

各地の農協で横領のような不祥事が頻発するのは、地域農協の職員のモラールが低いことが原因の一つだと前回のブログで書いた。地域農協の職員の低モラールは、中央や県の農協の職員との待遇の差に加え、中央が提供する様々な事業(商売)をあてがわれ実行する役割を課せられているという事情がある。地域農協の職員にも問題があるとしても、構造的な格差からくるやる気の喪失に手を打たないとこの問題は解決しない。

 しかしモラールが低い、モチベーションが上がらないからといって簡単に横領が出来る組織であって良いはずがない。民間の企業でも従業員のモラールが高くはない企業は沢山あるが、農協ほど横領は起こっていない。それは内部統制の仕組みがあるからだ。一般的に言って日本の企業はマネジメント・コントロールとか内部統制が弱い。世の中の流れに沿って立派な内部統制の理念を唱え、仕組みを導入するが、それがお題目に終わっているのは大企業でもトップを含む不祥事が起こることでも明らかだ。もっとも不祥事については企業間の格差が大きいといえる。東芝の不正決算などの不祥事では企業ガバナンスが盛んに議論されていたが、この企業(グループには)そもそもマネジメント・コントロールが存在しないとしか言えない事件がこれまでも多かった。数年前には東芝ライテックという子会社の女性が架空取引を繰り返し10年間で9億円を横領したとか、また同じ事務所の営業の社員数人が経費でパソコン等を購入し、それを売却して4000万円を横領したと報道された。大きな会社でもなく、横須賀の事務所でこんな事件が起こるのは基本的な内部統制がなされていない、というか企業組織としての体をなしていないとしかいえない。その後の東芝本体の不祥事を見るとこの会社は規模が大きなだけで、組織を適切に管理する仕組みも人材もなかったことがよく分かる。

 東芝の例はひどすぎるが、一般的には企業は横領を防ぐ仕組みを導入している。企業は利益を上げることで存続が出来るのだから、会社の金を勝手にくすねるようなことを許していたら存続が出来ないからだ。特に創業者の社長などは会社の金は俺の金という意識で事業を行っているので、マネジメント・コントロールなどという意識がなくても自分の金が横領されないように工夫を凝らして経営をする。この点に厳しい中小企業などが行っていることの多くは単純なことだ。勝手に社印を使わせない、金庫の最終的な管理は社長が行う、従業員には多額の現金での取引をさせない、顧客との取引状況を担当者以外の責任者(通常は上司)が直接顧客と確認する、定期的および不定期に預金通帳の残高と資金の出入りをチェックする、仕入れの発注、検収、支払いの担当を分けるまたは社長が行う等、金が絡む業務では不正が起こらないような仕組みやプロセスを構築している。こうしたことを徹底すれば農協での横領などの多くは防げるはずだ。

 では何故地域農協にはこうした仕組みがないのだろうか。内部統制を有効にするためには正しい監査が行われなくてはならない。厳しい監査が定期的かつ抜き打ちにあると思えば、従業員は安易に不正な行動をとろうとは思わない。また監査が正しく行われていれば、内部統制上の不備やリスクが明確になり、組織の仕組みや仕事の管理や進め方を改善しようとする動きが起こる。地域農協の監査はどうなっているかというと、全国中央会が行っている。全国中央会にも会計士や税理士の資格を持った職員がいるだろうからそれなりの監査を行っているのかもしれない。しかしもしそうなら横領などがこんなには起こらないはずだ。中央とはいえ農協の組織や仕事の仕方しか知らない職員が行う監査は、会計事務所や企業の監査部が行う(東芝のような企業は除くが)監査とは違うのだと思わざるを得ない。一方で中央会から地域の農協に請求される監査料は非常に高いと言われている。身内での監査であること組織的な上下関係があり高い監査料を受け入れざるを得ないことから、地域の農協は真剣に統制活動をしようという気が起こらないのではないか。これが二番目の要因である。

 思いきって外部の専門家に監査を委託するとかすれば状況の改善になるはずで、実際農協の改革を目指す政府の要請で中央会の監査権限は今後なくなるという。農協の改革が始まったのは喜ぶべきことだがこれもなかなか簡単ではないと思う。そもそも地域の農協は前近代的な慣習が残る農村を相手にしているからだ。多くの農業従事者は農産品の販売や金の管理などは不得手だし、十分な知識を持っていない。だからそこを農協に依存する。また農協の組合員である農業従事者は地域農協の職員を信用するあまり自身の預金等の扱いを職員にゆだねてしまいがちだ。また人間関係が濃密で農協の幹部などは地域の有力者が務めることが多いので、疑問や不満を口にしにくい。こうした環境が上述した農協の構造的問題に加わり、横領などを生みやすくしているのだと思う。

 農協が今のままで良いとは多くの人は考えていない。また農業を正しく維持してゆくことは国を支えるためには重要だとも考えている。だから政府も農協改革を推進しようとしているのだろう。あまりに巨大な利益集団となり、政治的な影響力も大きな農協を改革するのは簡単ではないと思うが、ぜひ心ある農業従事者、政治家、その他の関係者の努力で実現してほしい。