最近読んだ本(1)2016年春

 5月11日にCT検査を受け、主治医からまずまず順調な回復だが、まだ酒はだめだと言われた。ゴルフはいいというので翌日久しぶりに練習に行った。
 家で休んでいた時はTVを見るか、本を読むか、PCで検索をするかで大半を過ごした。酒が飲めないので夕方の時間つぶしには困ったが、時々の頭通はそれをあきらめさせるには十分な威力を持っていた。

 この2か月で読んだ本を挙げてみよう。今野敏の3冊「隠蔽捜査5宰領」「同期」「欠落」、長岡弘樹「教場」、高野和明「ジェノサイド」、知念実希人「仮面病棟」、椎名誠「ぼくがいま、死について思うこと」、カズオ・イシグロ日の名残り」。ほかに読みかけが村上春樹「雑文集」、Lee Child’ Never Go Back'だ。どの本もそれなりに面白かったがここでは特に印象に残った今野敏の「宰領」、高野和明「ジェノサイド」、カズオ・イシグロ日の名残り」について書くことにする。

 「宰領」は隠蔽捜査シリーズの5にあたる。いつもながらの達者な展開で読者を飽きさせない。今回のプロットはやや凡庸だが、主人公の竜崎伸也のキャラクターの魅力で引き込まれてしまう。エリート警察官僚でありながら降格されて大森警察署の署長をしている竜崎は、原則に基づいて正面から問題に臨み合理的かつ理性的な決断を下していくが、縄張り意識や上司の面子を立てる等の合理性のない慣行を無視した行動はしばしば組織内で軋轢を生じる。事情を知らない幹部からは一署長の分際で何をするかと怒りを買い、現場の課長や刑事からは慣行に反するとか現場を知らないとか反発を食うが、彼が元警察庁長官官房総務課課長で階級が警視長だとわかると周囲の見る目が変わる。さらに彼の合理的な判断が良い結果につながっていくことで信頼と尊敬すら得てゆくプロセスが面白い。

 加えて彼の小学生の時の同級生で私大出ながら警視庁の刑事部長となっている伊丹とのやり取りが楽しい。同じ警視長だが降格された竜崎より上の職位にいる伊丹は、子供の頃から秀才で東大出の竜崎に頭が上がらない。しかし仕事ができるだけでなく組織内での気配りができることで出世した伊丹は、竜崎が事件に対処する際に引き起こす組織的な軋轢を上手く収めることで竜崎の能力を発揮させる役目を果たしている。現実派と原則派の議論は噛み合わないのだが、本音を言い合いながら問題解決に進んでいく。警察署の課長や刑事からは雲の上の人である本庁の刑事部長とタメ口でやりあう署長を、部下たちが半ばあきれてハラハラしながら見ているシーンは毎度のことだがとてもおかしい。

 ファンとしては竜崎がそろそろ大森警察署長を卒業して要職に戻り、警察庁長官への道を歩んでほしいと思うのだが無理な願いだろうか。警察官僚として出世すると政治的な事柄が増えて、一介の警察署長のように面白い事件に取り組むことが少なくなって話が盛り上がらないのかもしれない。しかしメンツと駆け引きと世渡りが重要な警察上層部で、原理原則にこだわり慣例にとらわれない合理的な決定をする竜崎がどうやって生きてゆくのか見てみたい気がする。魑魅魍魎の世界で正義を追及するすがすがしい生き方を貫く姿を見せてほしいのだ。難しい設定だろうが著者もそれは全く考えなかったわけではないと思うからだ。

 隠蔽捜査シリーズ3の「疑心」でアメリカ大統領の訪日に際し立ち上げた方面警備本部で竜崎の下で働いた東京第二方面本部長にこう言わせている。(第二方面本部長は組織上は所轄の署長である竜崎の上司だが、降格人事で署長になった竜崎より後輩で階級も警視正と一つ下なので臨時の警備本部では竜崎の下にいる。ねじれ人事のようなものだ)
「いつの日か、またあなたの下で働くことがあるかもしれません。そのときは、よろしくお願いします」
「あなたは、方面本部長、私は所轄の署長ですよ。あなたのほうが立場が上なんです」
 長谷川はかぶりを振った。
「おそらく、それは長くは続かないでしょう。今回あなたの隣にいて、それがよく分かりました。あなたは、必ず人の上に立つ方です。私は喜んであなたの下で働きますよ」
 シリーズの他の巻でも竜崎とかかわりを持った警察官僚や他の省庁の官僚が同様の言葉を述べるシーンがある。こうした人材を署長に長くとどめておくこと出来ないはずだ。このシリーズの新たな展開に期待したい。

 次回で「ジェノサイド」と「日の名残り」の感想を書こう。