最近読んだミステリー

 最近ミステリーを読むことが増えた。妻の母が95歳になるのだが暇でミステリーを読むので定期的に妻が届ける。初めのうちはわたしの書斎や息子の部屋にあるのを持っていったのだが足りなくなって、わたしが買い、読んでから届けるようになった。従って本を選ぶのはわたしの好みによるのだが、外国物は駄目、ハードボイルドは駄目、あまり複雑ではないものが良いなどの制約がある。そうなると対象も限られてきて、今日しみじみ届けた本のリストを見るとほとんどが警察小説だった。日本の社会では探偵の役割が小さいので、犯罪にかかわる小説となると警察小説になってしまうのだろう。

 あらためて小説の中身を考えてみるといくつかの特徴がある。一つは主人公とその周辺の人物の造形である。警察小説だからヒーローは警察官なのだが、新宿鮫のようなハードで切れる主人公は少ない。(これはハードボイルドを除いて選択しているためでもあるが) だからといって普通の刑事では面白くもなんともないので皆それなりにひねってキャラクターを作りあげている。この人物造形が上手いかどうかが小説の面白さにかなり影響を与えている。

 当然のことだが小説の主役は実際に事件を担当し解決する警察官だ。基本的には刑事が主人公で役職も警部補や巡査部長が多い。いわゆるノンキャリアで次のような特徴がある。緻密にものを考え論理的に行動する、正義感にあふれて真相の追及に全力を尽くす、古い価値観や臭いものにふたをする警察の体質を嫌う、事件解決より出世を考えるキャリアの体質にはなじめない。一部にはキャリア警察官を主人公にしているのもあるが、その場合でもキャリアに事件解決の重要な役割を与えている。

 また警察の階級制度や組織的な特徴も書き込み、単なる事件解決の物語ではなく、組織内の人間の葛藤に多くのページを割く。
 シリーズ化しているものが多いので、主人公だけでなく彼(彼女)を取り巻く人たちのキャラクターも丁寧に描かれ、小説に厚みを持たせている。 

 ざっとこんなところだが、こうした要素を入れたら必ず面白いミステリーになるかというとそうでもない。ストーリーの展開と納め方、全般的な書き手の力量などで大きな差が出てしまう。それなりに売れているだろう本でもこうした書き方をプロがしてはまずいだろうと思えるのもあった。

 さて具体的な本を紹介しよう。(順は不同です)

  1. アナザーフェイス シリーズ(作者 堂場瞬一)

 主人公は大友鉄、刑事総務課の主任(巡査部長),元捜査一課にいたが妻が交通事故で死んでから子育てをするために現在のポジションに移った。しかししばしば捜査本部に助っ人として駆り出され、夜討ち朝駆けとなり子供の世話を妻の母に頼まざるを得ない。このあたりの葛藤がユーモラスで面白い。彼は学生時代に演劇をやっていて、プロの役者にもなれそうなほどのハンサムで、事件の被害者からの信頼を得るのが上手い。要するにイケメンでイクメンのシングルファーザー刑事なのがユニークな点だ。ストーリーはまずまずだが話の広がりは小さい。

  1. 警視庁強行犯係 樋口顕一シリーズ(作者 今野敏

 おれがおれがの警察の中で謙虚で一歩引いてものを見る性格の刑事が主人公。彼は人が自分をどう見ているかが気になる、自分に自信が持てないタイプである。しかし彼の良さを認めてくれた上司からもらったアドバイス、出来ないことを無理に出来るふりはしない、出来ることだけを真剣にやるを実践してきて警察内で高い信頼を受けている。しかしそうした評価を告げられてもまだ自信が持てず、警察のマッチョな体質になじめない。そんな刑事が強面の腕力刑事たちを差し置いて事件解決に力を発揮する楽しさがある。どの巻もストーリーはそれぞれに現代の世相を反映して面白いし、人情の機微も描かれている。

  1. 北海道警察シリーズ(作者 佐々木譲

 主人公は佐伯宏一(大通署刑事課盗犯係警部補)これは北海道警察のスキャンダルにヒントを得た話である。6冊まで出ているが各巻の独立の事件が微妙に絡まっていて面白いし驚かされる。お薦めの本だがシリーズの最初のものから読むのが良い。この作者の代表作「警官の血」は傑作で本当に感心したがこのシリーズも読んで損はない出来映えだ。但しテレビでやっているこのシリーズは全く別物と考えた方が良い

  1. 警視庁公安部 青山望シリーズ(作者 濱嘉之)

 公安の警部が主人公で、大卒のノンキャリアだがキャリアをしのぐ知力と行動力で事件にとりかかる。同期の三人の警部と助け合うが、彼らも同様の経歴を持ち、優秀な刑事である。作者もまったく同じような経歴の元警視だったそうで作者の経験や願望が本になった感じがする。話の広がりも大きく読んでいて先が楽しみになるが、上手く収めきれていない。最後までいくとがっかりという感じだ。素人の私が言うのも生意気だが、この作者は小説作法という点で問題があると思う。登場人物の紹介のしかたなど、そんな書き方ではしっかりとイメージが伝わらないだろうというところがある。小説家よりシナリオライターの方が向いていると思った。

  1. 署長刑事 古今堂航平シリーズ(作者 姉小路祐

 主人公は29歳で大阪府警中央署署長をつとめるキャリア官僚である。彼はキャリアだが私大出で出世にそれほどこだわらない。現場で事件を解決するのを好むタイプである。人を押しのけていかないキャリアの警察官僚を描いて警察の組織や階級制度の問題点を浮き出しにしようとしているがどこか類型的、他で読んだことがありそうな感じを与える。キャリア官僚の主人公としては以前このブログで紹介した今野敏の「隠蔽捜査」に出てくる竜崎伸也という警視長がいるが彼の方がキャラクターとしてははるかに印象が強い。

 いろいろと勝手な感想を書いたが上記のどれも面白い小説なのでお勧めしたい。また上記の作家は他に多くのシリーズものを書いている人が多いのでそちらもお薦めだ。