領土問題と次期総理

 尖閣竹島の問題に対してマスメディアの皮相的論評が続いていたが、最近物事の本質をとらえようする意見が増えているように感じる。問題の本質を論じたからといって、すぐに問題解決に至るわけではないのは当たり前だが、適切な対応をとるのが極めて難しい事柄については、やはり本質論から考えた対策をとるのが、長期的に有効だし国益になると考えるので、これは良い傾向だと思う。

 内田樹は9月11日の朝日新聞で、領土問題についての新聞報道に欠けている点を二つ指摘している。第一は領土問題の解決方法は戦争か外交交渉しかないということである。戦争なら勝った方が領土を獲得するし、外交交渉は双方が同程度の不満を持って終わる'痛み分け'となる。しかし外交交渉が行われるのは両国の政権基盤が安定し、国民に支持されている場合だけであるという。

 韓国の大統領が過去に例を見ない行動をとったり、不見識な発言をするのも外交交渉が出来ない状況だからである。また中国が尖閣問題に極めて強硬な姿勢を示しているのも、大国のメンツだけではなく、これを自国の民衆の不満の対象にしようとしているからだろう。野田首相中韓に対して強い態度を維持しているのも、そうしないと政権が持たないことを示している。内田氏は領土問題とは突き詰めれば国内問題だと述べている。

 内田氏が指摘する二点目は日本の領土問題は2カ国間問題ではなく、米国を含めた3カ国問題だということだ。米国は竹島尖閣だけではなく北方領土の見えない当事者であり、これらの領土問題において日本が隣国と軍事的衝突に至らない程度の相互不信と対立のうちにあることで、自国の国益が最大となるように米国の西太平洋戦略は設計されていると氏は論じている。故に日本の領土問題が円満解決し、日中韓台の相互理解・相互依存関係が深まると米国のアジアへの影響力は低下し、国益を損ねる。日本が望む方向と米国の戦略は一致するとはかぎらないと氏は言っている。米国が自国の利益を最優先するのは当たり前のことだ。そして中国、韓国、ロシアも同様の行動をとるし、日本もそうでなくてはならない。(日本の政治家、文化人、マスメディアなどには、日本は自国の利益を最大化する行動をとるべきではないと主張する驚くべき人達がいることが、この国の迷走を一層ひどくしている)


 中野剛志は文藝春秋10月号で、日本との領土問題で中韓露が先鋭化し始めたのはこの二〜三年のことで、かろうじて保ってきた戦後の微妙な緊張関係が急速に崩れていると指摘している。その理由として中野氏は日本の背後にいるアメリカの存在が以前ほど脅威ではなくなっているからだと言っている。中韓露が従来日本に対して激しい対応をしなかったのは、アメリカを意識していたからで、日本の軍事力を恐れていたからではない。しかし最近は日本に対して一線を超える行動をとっているが、それはそうした行動をとってもアメリカとの関係では大きな問題にはならないと判断しているからだと述べている。こうなった以上日本人はアメリカを頼るのではなく、自分たちの手で領土を守らなくてはならないと中野氏は言っている。

 内田氏は米国は日本が周辺国と一定の不安定さを持ちつつもそれなりに良好な関係を維持することを望んでいると解説しているが、中野氏はそうした関係がもはや維持できなくなっていることに注目している。両氏に共通するのはキープレーヤーとしての米国の存在を考慮するという姿勢だ。現在中国を訪問中の米国の国防長官は、尖閣日米安保の範囲内だと明言しつつも、日中両国の話し合いで解決することを望むと言っている。中国の軍事的増長への牽制と米中の経済的結びつきの重要性のバランスをとった発言と言えるだろう。

 すなわち米国は中韓との経済的結びつきを考えると、日本に対し一方的に肩入れするわけにはいかないということだと思う。この姿勢が米国の国益に沿っているのだろうし、中韓もそれを知って日本に強く出ることができるのだ。日本は地政学的には米国の戦略にとって重要だが、経済的な重要性は中韓の台頭の前に従来に比べ薄れているというのが現実だろう。しかし日本にとっての選択としてはこの地政学的優位性を利用しない手はないし、相手として組むのは米国しかないだろう。中国やロシアと同盟を結ぶことの危険性がはるかに大きいことはまともな人間なら分かることだ。

 問題はこうした状況にもかかわらず、日本の政治家には米国依存を薄めて中国とアジアとの結びつきを重視しようとする動きがあり、それが米国の日本に対する不信を生み、結果として中韓の日本に対する強硬な行動になっていることだ。鳩山元首相の沖縄に関する発言や、東アジア構想などは米国から見れば、米国のアジアへの関与を弱めようとする以外の何ものでもないとしか見えなかったろう。米国政権が日本がそういうスタンスをとるなら、こちらも日本との関係を考え直さなくてはならないと考えたとしても不思議はない。そうした日米間の空気を読んでいたのが中韓露で、彼等の領土問題における強気の姿勢は日米間のギクシャクと無縁ではないはずだ。鳩山元首相が憲法改正して軍隊を持つ計画を同時に表明していたら、中韓露もこんな行動には出なかったろうが、現実認識力のない鳩山氏にそんな芸当ができるはずもない。

 要するに無能な総理を持つとそのつけはあらゆるところに出てくるということだ。民主党自民党の党首(総裁)選が近い内に行われるが、そこでの勝者が次の総理になることを考えると、適格者を慎重に選ぶことが求められる。鳩山氏の時と違って今は特に外交が不安定な時だ。ここで愚かな人物を選ぶと取り返しのない事態になるとも限らない。各候補者の顔ぶれを見ると外交に識見を持った人は見当たらないと言ってよい。それを嘆いても仕方ないので、自民5人、民社4人の中でましな候補を選ぶしかないだろう。

 適格者の条件としては、幅広い視野を持ち、無益な戦闘を避ける知恵と哲学があり、我慢強い交渉が出来、かつ緊急時には毅然たる行動がとれることである。中韓露との関係において、特に中国との関係が危うい状態だが、軍事的衝突を避けるのは基本である。軍事的衝突が起これば、軍人(自衛隊員)にけが人や死者が出る。そこで収まらず、事態がエスカレートすると一般人にも被害が出る。これは最悪の展開で、こうなると中々戻れない。中国政府も戦略的にはしたたかだからすぐに日本の自衛隊に戦闘を仕掛けることはないと思う。色々な脅しをかけながら、日本の譲歩を引き出そうとするだろう。ここで挑発に乗らず、交渉を続けることが出来なくてはいけない。愚かなマスコミは一転愛国的になり、馬鹿にされないような強い対応をとれなどと書き、国民を扇動するかもしれないが、そんなプレッシャーに負けてはならない。

 しかし緊迫する現場で何か偶発的に戦闘がおこる可能性もある。それは中国政府が意図したものではなくても、実際に起これば彼等は正当化してくるだろう。日本の自衛艦に対する発砲があったり、けが人が出たら直ちに反撃する決断力も必要だ。その反撃は裏での武力衝突を最小限に抑える外交交渉と一体のものでなくてはならない。反撃すべき時にしなければ、ずるずると押し込まれるだけだし、反撃してそこで勝つことにこだわりすぎると事態の一層の悪化を招く。どこで引くかの戦略を持って裏での交渉をする、そんな柔軟性としたたかさが必要だ。

 こうした点から判断すると、まず民主党の野田氏を除く候補者は問題外と言ってよい。彼等は何故、党首選に立候補したのか、この内外の難局ををどう乗り切ろうとしてるのかについて、全く明確な政策や哲学を持っているとは思えないからだ。彼等の立候補は個人的理由以外には説明つかない。

 一方自民党の候補は一人を除いて民主党に比べると、もう少し志があるように思える。一人とは石原伸晃だ。この人だけは決して総裁、そして総理にしてはいけないと思う。その発言を聞いていても何の哲学も見識も知性も感じられないからだ。こうした人が幹事長になってしまうことを自民党は真面目に考えなくてはならない。その組織文化を変えない限り自民党は決して復活できない。政治家として本当の能力のない人間は、たとえ選挙で通っても、党内の競争で淘汰される仕組みを作らなくてはまともな政党にはならない。ともかく石原氏を見て、その発言を聞いて、この人が総理の候補だと思うと情けなくなる。彼を支持するという長老たち、森、古賀、額賀氏達は真面目に日本の将来を考えているのだろうか。自分の力を維持するため、選挙で有利になるために意のままに動く人間を推しているのだ。この国がこのまま衰退していったら、その原因はこの人達にあると思う。もう一人糾弾すべきは石原慎太郎である。色々な政治家を見てきて、国を動かす人間には何が必要か分かっているはずなのに、そして伸晃氏がそんな器ではないことは明白なのに、自分の息子と言うだけで総理にしようとする、まさに亡国の愚挙だと言える。わたしは心から石原総理が生まれないことを祈る。無能な総理の弊害は鳩山、菅で分かったはずだ。

 自民党の後の4人の中では、安倍晋三氏も願い下げにしたい。彼は腹痛で総理に座を放り出した人間だ。現在のような緊迫した状況で総理が務まるとはとても思えない。またその浅はかな国家観を聞いていると、日本を無益な戦争に持って行きかねない不安を感じる。いずれにしろ一度総理を務め、不適格なことを証明した人間をまた選んではならないだろう。