バングラデシュの企業人への講義

 2月8日にバングラデシュから来た経営者達に人的資源管理についての講義をした。3時間も英語でやるのは大変なので、あまり気が進まなかったが、どうも断りにくい状況になってしまい、やることになった。結果としてはやって良かったという結論である。参加者はバングラデシュで従業員500人から3000人位の繊維会社を経営する18人で、大変真剣な質疑応答もあって楽しい授業になった。大体気が進まない仕事と言うのは、終わってみると有益なものが多い。気が進まないのは簡単ではなく苦労が予想されるからで、上手くやるには相当な準備がいる。だからこそ終わって有意義だったと感じるのだろうし、学ぶことも多いのだという気がする。人間楽してはいけないという凡庸な感想だが、'石川遼、だから早く海外のツアーに出ろ'と言いたくなる。あまり関係ないか。

 新しいことにチャレンジすると、今まで知らなかったことを知る。講義そのものもさることながら、今回初めて知った情報のうち2つの点に触れてみたい。一つは今回のバングラデシュの人達への研修の母体である。これは海外技術者研修協会が主催したもので、AOTS(The Association for Overseas Technical Scholarship)として知られているようだ。

 初めて聞く団体だったが意外にも過去に間接的な接触があったこと、また身近に関連する施設があることを知った。20年ほど前に情報システム部にいた時に、エッソアルゼンチンの社員が訪ねてきて、彼の上司からメールで紹介を受けていたので、日本のシステムの話をして食事をしたが、今思えば彼はAOTSの途上国支援のプログラムで来ていたのである。何故それが分かったかと言うと、彼は横浜市金沢区の研修センターで学び、そこの宿泊施設にいると話したからだ。私が講義をしたのは北千住だが、私の家から割合近い金沢区に外国人研修の立派な施設があることは、前から知っていたのである。その施設がAOTSの物だということが今回分かったというわけだ。

 AOTSも事業仕分けの対象となり、横浜市金沢区の研修施設も売却の対象になっているらしい。私にはこの協会の全体像が掴めないので良く分からないが、少なくとも私がかかわった管理者研修コースは日本にとっても相手国にとっても有意義なものだという感じがした。蓮舫氏や他の民主党議員達は、この管理者コースでどんな研修がなされているかは知らずに結論を出すのだろうが、それはそれでやむを得ない点もあるが、お金がないからと事業そのものをやめてしまうのか、無駄な点を改善して経費を抑えるのかは慎重に検討すべきだろう。

 もう一つ学んだのはバングラデシュについてである。今回の講義の前までに、わたしがこの国について知っていたのはインドの隣にあり、毎年モンスーンで大きな被害を受けるということぐらいだ。私が小学校で学んだ頃は、ここは東パキスタンと言っていた。この国の人口は約1億4200万人、面積は14万4000平方キロである(日本は37万平方キロ)。面積は日本の4割なのに、人口は多いとなると、いかに人口密度が高いかが分かる。言葉はベンガル語で、90%がイスラム教徒である。

 バングラデシュの主要産業は衣料品、縫製品産業で、今回日本を訪れた経営者たちは全員が繊維産業にかかわっている。製造コストが安いこともあり、ユニクロとかH&Mなどの大手アパレルもバングラデシュで生産をしているそうだ。この国の最大の問題は貧しいことであり、一人あたりのGDPは684ドルで日本の43000ドルの約50分の1である。ベトナムカンボジアに近いレベルだと思う。

 今回バングラデシュの人達と話していても、彼等が自国をタイとかマレーシアなどの他のアジアの国々に肩を並べる位の経済水準にしたいという希望を持っていると感じたが、中々大変なようだ。国民の識字率が56%なので、縫製業のように手作業に頼る産業しかないという現実がある。重化学工業などが発展してくると国のインフラも整い、輸出も増えて、国民の暮らしも改善すると思うのだが、そういう兆しはないようだ。先進技術を使う産業を担う人材が十分ではないのだろう。

 もう一つの問題点は政治的な不安定と行政の不効率だ。これは発展途上国の多くが抱える問題で、この点を改善しないと、海外からの投資を呼び込めないし、経済発展も難しい。会社でのいいわけではないが、難しい点を上げるときりがない。良いのは人口の多さであり、豊かな労働力である。一度経済成長が軌道に乗ると、この豊富な労働力は、多くの消費者になり、経済発展を後押しする。このサイクルが上手くいくと良いのだが。

 こうして他国のことを考えると、明治以降の日本の発展は本当に奇跡だという気がする。経済学者たちが言うように様々な要因はあるが、やはり奇跡というのがぴったりくる。敗戦後の混乱と貧困も乗り切ったし、今与えられた試練、地震原発被害も克服できるはずだ。今私たちが享受している生活のレベル、国民の知力などは、簡単に手に入るものではないことが、バングラデシュを見ると良く分かる。就職難や年金の負担など暗い話題ばかりのようだが、今私たちが当たり前として手に入れているものの価値をもう一度考えることで、難しい問題への向きあい方が変わってくるのではないか。