グリーンピアの教訓

グリーンピアは旧厚生省(現厚生労働省)が、所管の特殊法人年金福祉事業団を使って1980年から1988年にかけて建設した13か所の大規模年金保養センターのことである。この事業に年金保険料約1900億円が投じられたといわれたが、2001年に赤字経営により廃止または売却の決定がされた。原則として所在の県、市、町等へ譲渡することとしたが、それができない場合は民間に売却された。売却総額は48億円だった。

同様のものとして旧厚生省の外局である社会保険庁が建設した厚生年金保養センター(ウェルサンピア)があり、17ヶ所の年金休暇センター、2つの年金健康福祉センター、4ヶ所の年金スポーツセンターがある。これについても2005年に廃止、売却の決定がされている。

かんぽの宿は旧郵政省が簡易保険加入者を対象として建設した宿泊施設である。90ヶ所を超える施設が全国に作られたが、27か所はすでに閉鎖、又は閉鎖後民間に譲渡されている。昨年末から大きな関心を呼んだのは現在残っている約70の施設で、当時の鳩山総務大臣がその売却決定のプロセスが不明朗だとして白紙に戻すことを要求したことによる。麻生首相は鳩山大臣を更迭して、日本郵政寄りの解決を図ったが国民の納得は得られず、麻生政権の信頼低下に拍車がかかる結果となった。

以上の問題は施設の名称、監督官庁は異なるが、本質的には同じものだと考えられる。 国民の金で多大な投資をして無駄な施設を建設し、非効率的な運営で赤字を出し続け、どうにもならなくなると投資額を大幅に下回る金額で処分したのだ。建設のプロセスだけでなく売却のプロセスも不透明で、建設会社と政治家、官僚の不適切なかかわりあいが指摘されている。また官僚はこれらの施設及び関連する会社を天下り先として利用してきた。

事業活動を行う際、コスト意識に乏しい役人に国民の金を自由に使える権限を与えてはいけない。民間が行うべき事業を役人が手掛けたらほとんどは失敗する。そして彼等は何の責任も取らず国民にその付けを回すだけだ。彼等は事業が上手くいかない場合に問題が大きくならないように、政治家と建設関係の企業には開発・建設のプロセスでそれなりの配慮をしておく。上記の保養施設はこうしたことが繰り返されてきた例である。

ダム事業や治水事業はレジャー施設と目的、社会的効用等が同じとは言えないが、建設のプロセスの不透明さ、コスト意識の薄さ、政治家の介入や官僚の天下り先の確保などの点できわめて似通っている。予算の正当性、その使い方、事業途中での見直しの必要性等、グリーンピアをはじめとする事業の失敗から学ぶべき点は多いと思う。

前回八ッ場ダムの件をとりあげた時に‘埋没費用’の視点から今更やめられないという議論に疑問を投げかけた。グリーンピアやけんぽの宿で無駄な金が使われたプロセスに何故学ぼうとしないのかと感じたからである。日本人は過去の失敗を忘れやすいようだ。過去の過ちを忘れない工夫が必要だと思う。

‘埋没費用’は今は‘コンコルドの誤謬’などと言われることが多い。コンコルドはイギリスとフランスが共同で開発した超高速ジェット旅客機である。開発の途中から完成後の利益性に対する強い疑問は上がっていたが、あまりに巨額の費用を投じていたのでそのまま開発を続けたのである。予想通り運航しても大幅な赤字で、大事故をきっかけにして廃止された。この失敗を‘コンコルドの誤謬’と呼び、多額の費用を投じた後でも、将来採算がとれないと判断するならプロジェクトを中止する冷静さと勇気が必要であることを戒めている。‘埋没費用’よりはるかにインパクトがあり記憶に残る言葉である。

同様の理由で今回のタイトルを‘グリーンピアの教訓’とした。私がこう名付けたからどうにかなるというものではないが、忘れっぽい私たちが過去に学び、国が行う事業を注意深く見詰めることを忘れないようにしたいという気持の表れである。