確率と行動

 少し仕事が立て込んで中々ブログがアップデートできなかった。それほど忙しいわけではないから、意志と能力の問題だと言われれば、その通りですというしかないのだが・・・・

 このところ議論を呼んでいるのは東大の地震研究所が発表した4年以内に70%の確率で東京で大地震が起こるという予測である。これは昨年の3月から9月に起こった地震の数から予測したものだそうで、京都大学が最近までのデータを使って同じ予測をしたら25%だったという報告もある。ずいぶんな違いなので何を信用したら良いのか分からなくなるが、大地震が起きることは否定し難いようだ。

 仮に東京大学の予測を信じるとしたら、これはもう何か手を打つしかないと思うのだが、世の中は落ち着いたものである。TVなどでも報じられ、ニュースでも議論されているが、ニュースショーなどは新しい話題が出てきたという感じで、面白がっているようにさえ思える。政府は何か対策を講じるわけでもなく、国会議員は相変わらず与野党間で不毛の論議を重ねているし、国民も'まァ、しょうがない'といった感じだ。

 直下型が4年以内に70%だぞ、いいのか、と言いたいのだが、もう一つ暖簾に腕押しである。対策をとってもしょうがないと思っているのか、予測を信用していないのか、多分前者なのだろう。地震が起きると言われても、引っ越す金はないし、仕事をやめるわけにもいかないし、といったところなのか。私のように会社勤めを辞めていても、どこかに引っ越そうとはしていないのだから、現役の人は尚更そうなのかもしれない。尤も私は個人的にもう少し色々な対策ととった方が良いと思うのだが、妻などはなるようにしかならないと思っているらしく、悠然たるもので、心配している私が愚かに見えてくるから困ったものだ。

 確率に応じて何らかの行動をとる、または意思決定をするというのはビジネスでは基本的なことである。ビジネススクールで学ぶ意思決定理論でも、ある製品の開発に金を投じるか否かいう問題がよく出される。開発費用が仮に10億円で、開発が上手くいったら30億円のリターンがあるが、失敗すれば何も帰ってこない。成功する確率が70%だったらどうするかというやつだ。(実際はもう少し複雑な設定になっているが本質はこんなところだ) 簡単に言えば、70%の確率で20億円儲かるが、30%の確率で10億円損するというケースである。期待値を計算すると20億X0.7-10億x0.3の結果、11億円になる。(確率の妥当性は信頼できる専門家が予測しているので高いと考えることにする。また開発には一定期間必要だが、ここに示された金額は現在価値になっていると考える)

 問題は期待値が11億円だからと言ってそれが何を意味するのかという点である。これは単なる計算の結果であり、儲かる金額を示しているわけではない。起こる結果は20億儲かるか、10億損するかだけである。

 ピンとこない人はこれを100万円を投資すると、1年後には70%の確率で200万円儲かるが、30%の確率で100万マルマル損するオプションに置き換えて考えればよい。あなたが銀行に1000万円以上の預金を持っているなら、この儲け話に乗り気になるかもしれないが、100万しかなかったら慎重になるだろう。要するに不確実なビジネスの意思決定に影響を与える大きな要因は、その人の財務状況だということだ。100万円のケースでは金持ちほど投資に積極的になれるから、もっと金持ちになる可能性があることになる。どうも身も蓋もない話だ。

 話を期待値に戻すと、100万円の投資で儲けの期待値は110万円であるが、上述したようにこれは儲かる金額を示しているわけではない。しかしこの投資話はあなたが何らかの経緯で手にした権利で、これは売却できるとなると話は変わってくる。これが売却出来るということは、不確実な投資が今確実に手に入る現金になることを意味する。これはやはりビジネスだから、あなたは買い手が魅力を感じる価格を付けなければならない。この意思決定に影響を与えるのは、あなたと買い手の財務状況と、それぞれのリスクに対する考え方だ。

 あなたが今とても経済的に困窮しているなら10万円でもこの権利を売るだろう。また貯金が100万円しかないなら、慎重な人はこの投資には手を出さないであろうから、売れるものなら売りたいはずで、20万でも売るかもしれない。一方で同じ財務状況の人でも20万円では売らないと言う人もいるだろう。その人の考えは、70%の確率で200万円儲かるのだから、50万以下では売らない、自分が投資をした方がよいということかもしれない。その人は、金持ちなら50万円を払っても、この投資の権利を買うだろうと考えているわけだ。その人にとって儲けの期待値が110万円のこの投資は、確定した50万円と等価であるとも言える。

 後者の方はリスクに対して積極的でビジネスには向いているかもしれない。もちろんこうした人は金持ちになる可能性があると同時に、破産するリスクも持っている。しかしリスクを冷静に測って、それをどう処理してゆくかと考える人の方がビジネスに向いているのは事実だ。

 ビジネスのリスクはこうして分析したりできるが、地震のリスクとなると話は違ってくる。大きな違いはビジネスの投資はリスクが大きいと感じたら止めることが出来るが、地震はそうはいかないという点だ。70%の確率で起こる場合、損失は最悪が死で、助かっても財産を失うことが予測される。そう考えるとどれだけの財産を失うかが問題になってくる。一方で運が良ければ、家も壊れず、火災にも合わないことが考えられる。当たり前の話だが、直下型の地震が起きても大半の人は助かると思えるからだ。

 東日本大震災でもそうだったように、大津波がなければ被害は大分小さくなると想定される。とすると地震だけでなく、同時に巨大津波が起るかどうかの予測も重要な点だ。この場合は直下型というより房総沖とか東南海と言った地震になるのかもしれない。

 こう考えてみると大地震の危険に対しての損害は以下のようになりそうだ。直下型で巨大津波はないと予想する。

  1. 死亡
  2. 生存だが家は全壊または火事で焼失
  3. 生存で家は半壊、直せば住める
  4. 生存で損害は大きくない

もちろん、家族、親戚、友人の生死や被害、職の維持等、考慮すべき様々な要素があるので、それらのこともできる限り取り込んで、ダメージを計算しなくてはならない。(また死亡によるロスをどう金額にするかも難しい問題だ)しかしこう整理すれば、地震が起こった時、どんな確率で上記の状況になるかを評価することで、損害の期待値か、上記の100万円の投資例で評価したような方法で、損害額を考えることは出来るかもしれない。

 次に考えることは、地震に合わないようにする、例えば、地盤の良いところに引っ越すとか、海外に移住するとかの対策を考え、そのコストを計算することである。遠くに引っ越す場合は今の仕事を辞めて違う仕事をする場合の、収入の差も考える必要があるだろう。こうして予測した地震を避けるためのコストと、上述した損害の期待値または損害の予測値を比較することで、少なくとも今のままで地震が起きるのを待つことと、引っ越すことのどちらが良いかの判断をすることが可能になるかもしれない。

 もちろんこんなややこしい方法で地震の対策を考える人は少ないだろうから、ほとんどの人は直感的にこうした計算をして、現在の生活をすることを選んでいるのだろう。家具の転倒防止をしたり、水や食の備えをしたりして後は運次第といった対応である。東京直下型でも地震による死者は数万人だとすれば、庶民の直感はかなり正しいのかもしれない。4年以内70%の予測に対する国民の冷静な反応は、こんなところからきているのかもしれない。