神から授かった能力

 もう一月ほど前のことだが、山口県で2歳の男児が行方不明になり3日後に救出された出来事があった。2歳の子供がイノシシが出没するような山の中で、食べ物もなく3日間生き延びたことが奇跡だ。わたしは自分の孫達を見ていて、そんなことが起こるなんて信じられない。さらにボランティアの男性が、100人を超す警察官が3日間探して見つからなかった子供を、30分で見つけたことにも驚愕した。奇跡に奇跡が重なったとしかいえない。この男性は尾畑春夫さんという人で、苦労して育った後に魚屋さんになり、65歳で店を閉じてから本格的にボランティア活動に入ったという。様々な被災地を訪ねては献身的な支援活動を続けているそうだ。

 今回の救出劇とこの人のこれまでの活動を聞いて、わたしはある小説を思い浮かべた。スティーブン・キングの「グリーン・マイル」だ。これはトム・ハンクスの主演で映画にもなったので知っている人は多いと思う。トム・ハンクスが演じるポールが看守主任を務める刑務所に少女強姦殺人の罪で黒人の大男が送られてくる。その男コーフィは心優しく思いやりのある人間で実は殺人も冤罪だったのだ。コーフィは特殊な能力を持ち、ポールの持病や刑務所長の妻の病気を治したり、他の囚人が飼いならしていた刑務所内のネズミを生き返らせたりする。ポールたちはコーフィの能力を目のあたりしてコーフィが冤罪でとらわれたこと確信する。ポールはコーフィに脱獄を勧めるのだが、コーフィは醜い現実社会に戻るのは嫌だと拒否し、死刑になってしまう。無実の男、しかも特殊な能力を授かった男を救えなかったポールはその後108歳になっても元気で、自分は神から死ぬことを許されないのだと考えている。コーフィが救ったネズミも60年を超えて生き続けている。

 こう要約すると何だと思われるかもしれないが、小説は全6巻の大作でコーフィが奇跡を起こす様子(ポールたちが規則に反してそれを支援する様子も)を克明に描いている。映画の方も3時間の大作で名優たちが特殊能力を授かった男の苦悩と社会の不条理を演じて感動的だ。やはりキングの小説を映画化した「ショーシャンクの空に」が最後は明るく終わったのに比べて暗く切ない結末だがこれも傑作なのは間違いない。

 小説にはキリスト教に関連する部分があって、コーフィはイエス・キリストを模して描かれているとの指摘は多い。キリスト教徒の間ではこうした書き方は不謹慎だとの批判も多いようだ。その辺のところはわたしには分からないが、特殊な能力を神から授かった人間が現実の社会の中で自分の特殊能力が生かしきれずに、結局無実の罪で死刑になる最後は感動的で悲しい。

 わたしには尾畑春夫さんも同じような特殊能力を神から授かった人のように思える。苦労して育ったことも、65歳で商売をやめボランティア活動に入ったことも、そして今回男児を救ったこともすべて神の意志によるのでは感じてしまう。それでなければ今回の奇跡は説明付かないように思えるのだ。78歳の尾畑さんが今でも元気にボランティア活動を行っていられるのも、神から能力を授かっているからだと考えればそのエネルギーも清廉さも納得がいく。