塚原問題と利益相反

 またスポーツ団体でハラスメントというかスキャンダルが起こった。それほど大きな組織ではないいくつかの競技団体で次から次へと問題が起こるのは、旧態依然とした組織・体質と長く居座るボス的指導者の二つがかかわっている。他にも同様な団体があるかもしれないが、出来るだけ早く問題を明るみにして、新しく公正な組織に生まれ変わって欲しい。今がそのチャンスだと思う。

 体操協会と塚原夫妻の問題に関していうと、これが報道された時から疑問に感じていたことがあった。誰も指摘しないな(報道が多いのでわたしが気付かなかったこともあるかもしれないが)と思っていたら、先週の金曜日のTBSの’ひるおび’で八代弁護士がこれは利益相反ではないのかと指摘していた。八代氏の指摘は番組ではあまり注目されずに議論が深まらなかった点にも、この問題に対して一般的にあまり理解がないことを示しているようだった。

 利益相反は利害抵触ともいわれるが英語のConflict of Interestからきている。アメリカの大企業ではこの点について特に注意を払っていて、わたしが勤めていた企業でも40年以上前から毎年これに関する研修があり、出席が必須だった。特にグローバル企業では国による文化の違いから違反について社員の理解が異なる場合も多いので、徹底した教育がなされていた。こうした問題意識を持つものから見ると日本企業の実情は全くお粗末で、役員等が自分の権限を使って親族が絡んだ企業と自社の取引を行っても、多額の金銭がからまない限り問題になることは少なかった。日本でこのことが問題視されるようになったのは、グローバル経営が叫ばれだしたこの15年くらいだろう。それまでは権限を使って金銭や接待を受けるという賄賂が問題になったくらいだ。

 塚原夫妻については、夫妻が朝日生命体操クラブを経営しながら、日本体操協会の幹部(夫が副会長、妻が理事で強化本部長)についていたことが利益相反に当たる。夫妻ともに女子の日本代表を選ぶ立場にあったうえに、塚原千恵子氏は代表選考の基準を決定する権限を持っていたという。誰が考えてもこれでは朝日生命のクラブの選手が代表選考で優遇されやすい状況だ。そして朝日生命クラブから代表が出れば、自らの名声にもクラブの経営にも大きなプラスになる。もちろん塚原夫妻は私情を挟まずに公正な選考を行ってきたと主張するだろうが(もしかしたら実際そうかもしれないが)問題はそうした疑惑を持たれる状況にあったということだ。潜在的利益相反のリスクが極めて高い。この点について体操協会で誰も疑問に持たなかったというのが信じがたい。会長は元イオンの経営者だった人だそうだが、この明白な利益相反リスクに気付かなかったのだろうか。

 利益相反は実際に組織の利益と個人の利益の対立が起こった時に問題になると考えられている。経営者が自社と彼(彼女)の親族(知人)が関与する企業と取引を行い(指示し)、その内容が通常より親族企業に有利だった時に、その企業は通常以上の利益を得るが、自社はその分利益が減少する。これが起こると利益相反だというのが良く使われる例だ。実際そうなのだが問題は取引が実現したか否かだけではなく、そうした取引が行われる状況で既に利害相反が認識され議論されるべきものだ。この意味で特別な理由なく経営者の親族の企業と自社の取引など認められないのが普通だ。これは経営者に限らず部長でも課長でも一般社員でも同じだ。本人に取引を決定する権限がなくても、自分の家族や親族がかかわる企業と自社は取引をしている、またはしようとしている状況は利益相反のリスクがある。こうした時は取引企業に自分の親族が関与していることを報告しておく。そうすれば会社はその社員が取引先との契約や交渉にかかわる職務には付けないようにする。株主や社会から疑惑を持たれるリスクを減らすことが出来る。

 特別な理由なく経営者の親族企業と取引をすべきではないと書いたが、特別な理由とはその企業独自の製品や技術がある場合ことだ。他に代替可能ではない時は、その企業と取引をすることが会社の利益につながる。こうしたケースでは経営者はその旨を役員会に報告し、第三者がその妥当性を検証して取引すべきか否かを決める。もちろんこれについても経営者にとどまらず全社員に適用される。

 体操協会は第三者委員会でハラスメント問題を調査し、適切な対応をすると言っているが、上記の通り問題はそれだけではないのだ。冒頭で問題を抱える競技団体は新しい組織に生まれ変わって欲しいと書いたが、これは人を一新する組織形態を変えることにとどまらず、組織を運営する、そして監査するやり方までも変えて欲しいということだ。日本ボクシング協会や体操協会の今後に注目だ。