'アウトロー’を観る(2)

 本屋で小説の’アウトロー’を立ち読みしていたら、訳者の小林宏明さんがあとがきでリ−チャー役がトム・クルーズでよいのかという議論が米国でも盛んになされたことを紹介していた。リーチャーシリーズのファンなら皆同じような感想を持つのだろう。ましてやこのシリーズは米国では大人気で、元大統領のビル・クリントンは新しい本が出るたびに作者のリー・チャイルドにちょっとした手紙で感想を送っていたそうだし、元下院議長のニュート・ギングリッチはアマゾンドットコムに書評を書いていたという。日本の新宿鮫の鮫島警部のようなものかもしれないが、スケールと注目度が違う。
 
 また鮫島警部の行動や考え方は小説を通じてかなりはっきりしているが、その身体的な特徴は背が割合高いとか、首に傷があるとか、若く見えるという位であまり明確ではない。だから映画では真田広之が演じ、TVでは舘ひろしがやったがあまり議論にはならなかったと思う。読者はそれぞれに鮫島のイメージを持ってはいるだろうが、姿、形が小説では明快ではないので誰が演じてもそれなりにいいかという気持ちをもってしまうのだろう。

 ところがジャック・リ−チャーは違う。18冊もの小説の中でその身体的特徴、性格、行動特性等が語られていて、そのイメージは明確だ。この辺はWikipediaのJack Reacherに詳しく出ている。だからトム・クルーズとのギャップが大きく議論になったのだ。読者がまず最初に持つイメージはでかいということで、小説の登場人物がリ−チャーを探す時にその特徴を’大きくて背が高い’と表現している。具体的には195cmで100kgということだ。これを170cmのトム・クルーズが演じるのだから議論を呼ぶのは当然だろう。

 インターネットで作者のリー・チャイルドへのインタビューを調べると質問のほとんどがこの点に関するもので、またファンからの投書もキャスティングへの批判が多い。もっともリー・チャイルドは同じような質問に対しても中々丁寧に、紳士的に対応している。ハンサムで穏やかな話しぶりで優しい時のリ−チャーを彷彿させる。彼の態度は一貫していて当然と言えば当然なのだが、トム・クルーズのリ−チャーを支持している。

 映画会社はこのシリーズを’ダーティ・ハリー’や’ジェイソン・ボーン’のようにしたいという希望をもっているそうだが、これに作者が反対のわけはないだろう。ミステリーファンやハードボイルドファンのヒーローから一般大衆のヒーローになるチャンスなのだ。成功すれば知名度も上がりより大きな経済的成功をもたらす。トム・クルーズはその目的を達成するためのきわめて重要な要素なのだ。小説に描かれた主人公よりはるかに背が低いうマイナス面を補って余りあるプラスがあるということだ。意地悪く言えばビジネス優先だ。

 リー・チャイルドはこの辺りのことを作家らしく、また有能なビジネスマンのように説明している。上手な説明だがそれを読者が受け入れるかどうかは悩ましいところだ。プレイボーイ誌のインタビューの一部を紹介しよう。

プレイボーイ;パラマウント映画はあの小さなトム・クルーズをリ−チャー役にしました。あなたはそれに反対ではないと言っていますね。でもちょっと待ってくださいよ、リ−チャーの大きくて逞しい体は彼の魅力の最も重要な要素でしょう。ガッカリしたというのが本当ではないのですか?

チャイルド;ガッカリしたというのは適切な言葉ではないですね。小説を映画にする場合、どこか変わるものです。わたしはリ−チャーの本質的な部分は三つあると考えています。第一は頭が切れることです。二番目は物静かだが相手を圧倒する何かがあること、そして三つ目が大きいことです。そんな特徴の一つを諦めるというのはありがちなことです。問題は特徴のうちのどれを諦めるかということでしょう。わたしたちはずっと彼の体格にこだわっていました。体の大きな役者を見つけなくてはなりませんでした。しかしそんな役者はいなかったのです。体が大きく、他の特徴も兼ね備えた俳優などいなかったのです。そうなると話は変わります。体格よりも、頭が切れる、物静かだというところにこだわりを移したのです。

 またインタビュアーは他にはどんな俳優を考えたのかと聞いたのに対し、ありとあらゆる俳優を検討した、黒人も考えたと答え、ブラッド・ピット、ヒュー・ジャクソン、ヴィンス・ヴォ−ン、ウィル・スミス、ジェイミー・フォックスなどの名前をあげている。黒人を選んだら、リ−チャーは黒くないと言って同じように議論になったでしょうと答えている。

 こうした答えを聞くと確かに映画にすることは難しいのが良く分かる。わたしはそれでもトム・クルーズはないだろうと思うのだが、トム・クルーズが演じるリ−チャーも悪くないとは思っているのだ。小説のリ−チャーとは別人としてならそれもありかもしれないと思う。映画のリ−チャーがジェームス・ボンドのようになれば面白い。わたしは007の小説など読んだことはなかったが映画はそれなりに楽しめた。そして時々変わる主人公役の俳優にも慣れていったのだ。今後映画のリ−チャーシリーズが成功するかどうかは分からないが、小説の方は間違いなく世界的な人気シリーズとして続いてゆくのは間違いないと思う。