'上手いこと言うなあ'と感じさせた台詞

 DVDを借りて'ツーリスト'という映画を見た。今ツタヤでは60歳以上の会員には旧作を無料で貸し出しているので、これを利用したのだ。'年をとると良いことはないなあ'と思っていたが、たまには良いこともある。とてもささやかな喜びだが。

 この映画はジョニー・デップアンジェリーナ・ジョリーが共演したことで話題になった所謂ロマンチック・ミステリーである。(書いていても何のことか分からんカテゴライゼイションだ)

 アンジェリーナ・ジョリーはギャングの金を盗んで、ギャングとインターポールから追われている男の愛人で、ジョニー・デップはアンジェリーナ扮する女と偶然長距離列車で知り合う旅行者(ツーリスト)という設定ある。デップは彼女の愛人の男と間違えられ、ギャングに追われたりして大変な目に会うのだが、何というかご都合主義の展開でそう来るかといった印象である。ではつまらないか言うとそういうわけではなく、それなりにひねってあり飽きさせない。

 何よりもアンジェリーナ・ジョリーが美しくそれだけで見る価値があるという映画である。それに比較するとジョニー・デップはややさえない印象だが、やはりある種のセクシーさがあり見るに耐える俳優だ。何でもないような映画が、それなりになってしまうのは美男、美女に負うところが大きい。こうして見ると圧倒的な美男、美女の俳優がいない日本映画はハンディがある。日本映画にも優れたものが沢山あるし、上手い俳優もいるが、良い脚本でピタリとはまった役者を使って初めて勝負になると言った感じだ。

 この映画のもう一つの魅力はベネチアの風景だ。ベネチアは美男美女が映える街だ。ゆったりとした音楽とベネチアの街並み、怪しい女に惹かれるツーリスト、追う警察とギャング、あまりに凡庸だがそれでも何故かわくわくする。ギャングに襲われて命からがらに逃げるジョニー・デップにその訳を説明したアンジェリーナが、そのギャングのボスがどんな男かを話すシーンがある。これがおかしいので紹介しよう。

 '彼は妻が結婚前に寝た男を全部殺したというのが自慢なの。でもその数があまりに多くて、結局妻も殺したそうよ’こんな言葉だと記憶しているが、そのギャングの残忍さと、その妻になった女の一面が表されていて面白い。そういう女を妻とする男の愚かさや哀切まで感じさせる。こんなシャレた台詞なら、それを使うために映画を作ったり、小説を書いたりしても良い位だ。

 レイモンド・チャンドラーではないが、欧米のミステリーでは主人公が気の利いたセリフを吐くシーンが多い。魅力的な主人公(ヒーロー/ヒロイン)を作るのがミステリー成功の条件だが、主人公が魅力的なことを説明してはいけないので、その言葉と行動で読者を魅了しなくてなならない。私も時々これを使って話を作ろうと思う台詞や場面を思いつくのだが、ストーリーを作る才能に欠けているので実現せず、そのシャレた台詞も忘れてしまう。どうも凡人はさみしいものだ。