スポーツ選手のための睡眠指導コーチ

 少し前のCNNの記事で知ったのだが、スポーツ選手のための睡眠指導のコーチがいるのだそうだ。ニック・リルヘイルズ(Nick Littlehales)という人で元はプロゴルファーだったが、その後ビジネスマンになり英国の大手寝具メーカーであるスランバーランド(Slumberland)の営業担当役員になった。(このベッドは日本ではフランスベッドが販売している) しかしもともと興味を持っていたスポーツと睡眠の関係をもっと研究し、世の中一般が睡眠に対して持っている考え方を変えようと思い、2000年に専門の睡眠指導コーチになった。彼の信念はきちっとした睡眠をとることが、スポーツ選手のみならず一般の人たちの本来持っている能力を発揮するための基本だということだ。しかしその重要性を正しく理解して、上手く睡眠を取っている人は少ないという。

 彼が有名になったのは1998年にマンチェスター・ユナイテッドのマネージャーだったアレックス・ファーガソンにメールを送り、チームの睡眠に関してどんな手を打っているか尋ねたことから始まる。彼はマンチェスター理学療法士として雇われ、主力選手たちの睡眠相談をすることになる。彼のアドバイスはすぐに評判となり、アーセナルチェルシーリバプールの選手達へもカウンセリングをするようになった。その後ラグビーチームや自転車チームのカウンセリングも担当し成功する。特に2012年のツール・ド・フランスでサー・ブラッドリー・ウィギンズをサポートし勝利に導いたことは彼の名声を確固たるものにした。ツール・ド・フランスは三週間にわたる戦いで忍耐、スタミナ、回復力が試される場だけに、まさに睡眠の重要性が問われたからだ。彼は最近はリアル・マドリッドで働いているが、クリスチャーノ・ロナウ ドのようなトッププレーヤーほど彼の言葉に真剣に耳を傾けると言う。彼のようなプレーヤーはあらゆる点で最高であることを自らに課しているからだそうだ。

 リルヘイルズが良い睡眠のためにどんなアドバイスを送っているのかいくつか紹介しよう。まずベッドルームの環境を整えることが重要だ。温度を16度から18度Cに設定し、マイクロファイバーの軽い羽根布団を使用する。天然素材を詰めた重いものより温度に敏感で良いそうだ。また神経を刺激しないように、部屋の壁やシーツは白いものを勧めている。寝る姿勢は胎児のように横たわる。利き腕を上にするのが良いと言っている。硬いマットレスや山のように盛り上がった枕がいいというのは根拠がないそうだ。

 リルヘイルズは選手たちに睡眠の科学的側面を教える。選手たちは概日リズムや周期的に変化する日々の陽光への適応、ホルモンの分泌、体温の変化などの重要性を学ぶ。そして自分が本来持つ基本的な生活リズムに合わせていくようにする。人は早起きのひばりタイプか遅寝のふくろうタイプに分かれるそうだ。そして就寝前に心がけることを明確にしてそれを毎日の決まりにする。ベッドの脇に水を置かないとか(寝る時に水を飲むと夜中に起きやすい)、人工的な光を避けて刺激の弱い灯りにするとかだ。寝る前にパソコンやタブレット端末を見るのは睡眠にはまるで良くない。

 そして彼は睡眠を90分の単位で考えることを勧めている。60分または1時間で考えるよりも、90分の方が睡眠中に体が感じる変化に対応しているからだ。実験で睡眠中の脳波を測ると、90分ごとに睡眠の段階というか中味が変わってくるのだそうだ。深い眠りやレム睡眠などが起こり、90分の周期で体の回復がなされていくという。7時間半の睡眠をとり6時半におきるとすると11時に寝ることになるが、この場合睡眠時間は90分で考えると5単位になる。そしてその90分前から寝る準備、脳や精神を刺激しないようにする。もし夜遅くまで用事がある場合は無理に11時に寝ようとせず、90分の準備時間を守って0時半に寝るのが良いという。90分サイクルの途中で寝たり起きたりしないことが良い睡眠を得ることにつながる。だから起きる時間は同じで6時半にする。そして不足する睡眠は適度の昼寝で補う。

 彼がカウンセリングをするサッカー選手などは、試合のための移動や夜の試合とかイベントで睡眠のルーティーンを妨げられることが多い。だからこそ自分の睡眠パターンを把握して、90分サイクルの5単位に対してスケジュールが4単位になるのか3単位になるのか見て、自宅やホテル、飛行機などで空き時間を利用して睡眠を補充することが大切だという。その巧拙がパーフォーマンスの違いになるのだ。プロのアスリートは昨日十分に寝られなかったから上手くプレーできなかったなどとは言えない。しかしこれはほかの職業でも同じだろう。出張が多いビジネスマンなどはプロのアスリートと同じ状況だといっても良い。

 わたしは年をとり第一線を退いたし、6時間も寝れば良い体だから、そんなにリルヘイルズのアドバイスを真剣に考える立場にはない。だが現役だったらそうはいかないし、企業としても昼寝の効用をもっと理解して、深夜残業をした社員などには(残業をミニマイズするのが第一だが)短時間休める場を確保するなどの対応を考えなくてはならないと思う。