’上手いこと言うなあ’の台詞 第二弾

 今回の'上手いこと言うなあ'は映画ではなく、小説である。サンフランシスコ空港の本屋で、リー・チャイルド(Lee Child)のThe Affairを買ったことは、8月29日の当ブログで書いたが、すっかりジャック ・リーチャーシリーズにはまって、その後翻訳で3冊(キリング・フロアー、前夜、反撃)を読んだ。どれも面白かったが、続けて4冊も読むとさすがに'もういいか'という感じになる。どんなにケーキが好きでも、一度に4個も食べたら嫌になるだろうと言った感じだ。

 ジャック・リーチャーシリーズは人気で、世界中で読まれているという。しかし今回分かったのは、日本では17作のうち4作しか翻訳されていない上に、上記の'前夜'という作品以外は絶版になっているようで、私もamazonで中古本を買って読んだのだ。海外ではベストセラーで、翻訳でもとても面白いのに、何故日本ではあまり人気がないのか良く分からない。もしかしたら翻訳が全て上下巻で600ページはあるという長さなのと、アメリカを舞台にしたハードボイルドが、大味な感じがして日本人の嗜好に合わないのだろうか。


 今回紹介するのは、'前夜'で主人公のジャックが兄のジョーとパリに住む母を訪ねた時の会話である。リ−チャー兄弟は軍人の父とフランス人の母のもとに生まれ、父の転勤で沖縄を含む世界中の基地の町に住んだ。ジャックは陸軍少佐、ジョーは財務省高官である。父が死んで二年後、母が病気であることを知り、二人は母を訪ねる。母はまだ60歳を過ぎたばかりだが、がんにかかっていた。母は自分の運命を受け入れ、死を覚悟している。その時の母と息子のやり取りがとても印象に残ったので、少し長いが引用する。

「おれたちに会えなくなるのが寂しくない?」彼(ジョー)は訊いた。
「質問がまちがっているわよ」母は言った。「私はいずれ死ぬ。そうしたら、寂しいともなんとも感じなくなる。寂しくなるのはあなたたちなのよ。わたしがお父さんを偲んで寂しいと思っているようにね。−−−略ーーー」
わたしたちは無言だった。

「ほんとうはちがうことを訊きたかったんでしょう?わたしがあなたたちをおいてきぼりにするのかって?息子たちのことをもう気にかけないのか、って?あなたたちの人生がどうなるのか見たくないのか、って?あなたたちにもう興味を失ってしまったのか、って?」
わたしたちは無言だった。

「よくわかるわ。ほんとのことを言うと、とっても気になる。同じ質問を自分に問いかけてみた。映画の途中で映画館から出ていくようなものなのよ。おもしろい映画の途中で映画館から出ていくようなもの。それはわたしも不安。その後の展開がどうなるかわからないんですものね。結局あなたたちがどうなるのか、ぜったいにわからない。どういう人生を送っていくのか。それがつらいわ。でも、遅かれはやかれ映画館から出ていかなければならないってさとったの。だれも永遠になんて生きられないんだもの。これからの人生であなたたちになにがおこるのか、わたしにはぜったいわからない。結局そういうことなのよ。健康でうんと長生きしたって、結局はだめ。それをさとったの。あきらめたってことじゃないのよ。死はいつだって不意にやってくる。もう少し生きたいと思っても、いつかかならずやってくる」
わたしたちは長いことだまってすわっていた。
小林宏明 訳)

 母親の台詞がとても感動的だ。特に映画館のくだりには感心してしまう。ハードボイルドと言っても侮ってはいけない。人生に対する深い洞察なしにはハードボイルドだって書けないのだ。アクションシーンやラブシーン一つとっても、その裏には物事の本質をとらえる力があるから、読者を納得させられるのだと思う。一方人生に対して真剣に考えていないのに、自分がどう見られるかばかりを気にしていると、いくら美辞麗句を重ねても少しも訴えてこない。多くの政治家やコメンテーターやニュースキャスターのように。