誤解されやすい社名;グローバルな対応

 私は1973年にエッソ石油に入社した。その1年半ほど前に入社試験を受けた時、エッソ石油の親会社はスタンダードオイル・ニュージャージーという社名だった。このスタンダードオイル・NJはスタンダードオイルが1911年に独禁法違反により34社に分割された時に出来た一つで、スタンダードオイル・ニューヨーク(後のモービル)と共に世界7大石油会社(セブンシスターズ)に数えられた。スタンダードオイル・NJはESSO(エッソ)と言うブランドを使用していたが、これはスタンダードオイルの頭文字SOを早く読むとエッソに聞こえることからついたと言われている。しかしスタンダードオイルという名称が米国では数多く使われていることから 、新しい社名に変えることになった。 最後に残った候補がExxon(エクソン)とEnco(エンコ)で、Encoの方が優勢と言われたが、エンコは日本では車がトラブルで停止することを意味すると指摘され、石油会社としては好ましくないイメージをもたれるとしてエクソンに決まったと聞いている。これが1972年のことで、わたしが入社した時には親会社の名前はエクソンに変わっていた。


 もっともこの経緯は日本のエクソン関連会社には興味深いものだったが、他の国の関連会社ではそれほどの関心を引いたものではなかったようだ。1994年に「異文化におけるマネジメント」というマネージャー育成プログラムに参加した時に、これまで異文化への対処の例を知っているかという質問に、私は上記のエンコのことを紹介したが25人ほどの参加者(アメリカ、アジアパシフィックの社員がほとんどだった)は初めて聞く話のようだった。いずれにしろエクソンのような世界企業は40年ほど前に社名を変える時に、それが他の国でどう感じられるかを考えて最終決定していたのだ。


 話は変わるが楽天が英語を社内の公用語にするという。ユニクロも2-3年のうちに同様な体制になるそうだ。スミダやシマノは以前から社内の公用語を英語にしている。これらは日本より海外で有名な企業なので当然なのかもしれない。シマノのホームページを見たが全部英語になっていて、どうせやるならここまでやった方が分かり易い。もっとも、長く日本で商売をしているエクソンモービルなどは(日本に入ってから100年以上になる)少し前までは外資系ということをあまり打ちださず、日本的な経営、雇用慣行を重視していることを訴えてきた。これは外資系企業が日本では誤解されやすいためにとった姿勢だが、今や日本企業が社内のコミュニケーションを英語で行うと公言、実施するのだから時代は変わったものだと思う。

 グローバルな環境になるにつれて英語が必須になるのは当然だと思うが、マネジメントの意識と言うかmindsetの変革はもっと重要だ。上述したように自分たちのやり方が、異なる文化の下でどう見られるかを絶えず考えて経営しなくてはならない。英語を話すのが普通になると、これまで感じなかったことが気になったりすることがある。日本語だけで生きていると分からないが、英語の世界では違和感を持つのが当然といったことが、グローバルな環境では現実になるだろう。問題は英語の公用語化を唱えている経営者たちが、そんな変化を自分のこととして理解しているのかという点だ。

 いつも社名を見るたびに、わたしは何かおかしいなと感じる会社がある。わたしの事務所の近くにある書店は有隣堂というチェーン店だが、ここが付けてくれる本のカバーには漢字のほかに、ローマ字で社名が書かれている。YURINDOとなっているがこれを見るとurineを思い出さざるを得ない。urineとは昔のお医者さん風に言えばお小水のことである。DOはhallとでも訳すとYURINDOはurine hallとなってしまい大変なことになる。もっとも普通の外国人はローマ字を読めないからYURINDOが正しく発音される可能性は小さいのかもしれない。しかしこの社名は漢字だけにして英語名は少し変えた方がよいと思うのだが。(多くの日本人の誤解には、外国人はローマ字なら読めると言うのがある。もちろんアルファベット表記なので、ひらがなやカタカナより少しはましかもしれないが、わたしはローマ字について何の知識もなくローマ字が読めた外国人にあったことはない。ローマ字の基本的なルールを教わり、かつローマ字で表される対象の発音について一定の経験をして、初めて読めるようになるものだ)

 私がおかしく感じるもう一つの社名は東急リバブルというものである。この会社とちょっとした取引をしてから書類を渡されたりして、社名をよく眼にするようになったので余計にそう感じるのかもしれない。わたしの違和感はは英語をリバブルとカタカナ表記していることから起こっている。リバブルはLivableからきているのだと思うが、わたしにはre-bubbleと言っているようにしか思えない。不動産会社の社名が「バブルよ、もう一度」と言うのはまるでブラックユーモアなのだが、それはそれでとても面白く感じる。もしこれが東急リヴァブルなら誤解の余地は小さいと思う。

 これらはドメスティックな会社だからいいじゃないか、お前みたいな感じ方をするのは特殊だという意見もあるだろう。しかしグローバルになるということは、海外に出ていかなくても、日本に来るまたは滞在する外国人が非常に多くなるということだ。ドメスティックな企業でも外国人の目にとまる頻度は高まるだろう。そんな時に無用な誤解を避ける姿勢を持つのは大切だと思う。それは単に社名にとどまらず経営姿勢を表すことになるのだ。英語が出来ても、異文化への配慮が出来ないのではグローバルな社会とは言えないだろう。