言い逃れと自己欺瞞;民主党敗北の分析

 民主党が今回の参院選で大敗した。菅総理の唐突な消費税増税の発言が敗因とのことだ。確かに菅氏が財務大臣になるや否や増税派に転じたり、鳩山前首相が4年間は上げないと言っていたことを、菅氏が首相になった途端に覆すなど、菅氏の言動は唐突かつ一貫性のなさを露呈したものだった。しかしわたしは消費税増税それ自体より、こうした一貫性の無さに見られる民主党の信頼性の低さや、菅氏の政治家としての資質に国民が疑問を持ったことが、今回の選挙結果につながったと考えている。

 わたしは6月5日のブログで'民主党のこれから'と題して、民主党が元々持っている弱点や問題点が、政権を取ったがゆえに一層はっきりした形で現れたと指摘して、それを解決しないと国民の信頼を失うと書いた。すなわち現実性のない政策を昨年の衆院選挙で勝つために訴えたこと、政権を撮った後でそのことを批判されても真剣に見直すことをせずにとりつくろうとした体質、内閣のメンバーに見られた人材の質の低さ、思想的には折り合わない日教組をはじめとする労働組合を党内に抱えている矛盾などである。鳩山政権の元でこうした問題点がはっきりしてきて、国民は本当に民主党にこの国の将来を託しても良いのかと不安になっていったのが現実である。そうした不安は菅氏が首相になっても薄まることはなく、消費税の発言で国民はその不安が確かなものと感じたのだ。

 民主党の枝野幹事長が選挙後のテレビ番組で、菅首相の消費税発言を最大の敗因と発言した時、わたしは枝野氏が民主党の体質的、構造的な問題点が敗因であることを隠すために消費税問題に敗因をすり替えているのだと思った。本質的な敗因を言えば民主党の存在そのものが危うくなりかねないのでそう言っているのだと考えたのである。実際マスコミなども枝野氏の発言を取り上げ同調するような動きを見せ、枝野氏の戦略、国民から真の敗因を隠し消費税の問題にすり替える戦略は私には成功したように見えた。消費税の問題では歴代の内閣が取り組んでは国民の支持を失うということを繰り返してきたので、菅氏がこれを主張して選挙に敗れたとしても致命的な失敗にはならず、説明不足として言い逃れることが出来る、そして内閣を維持するという目標は達成出来るからである。

 しかしその後の民主党の議論を見ていると、彼等は半ば本気で消費税で負けたと言っているように感じてきた。国民への欺瞞的説明をみずからも信じているようなのである。これは私には衝撃的なことだった。民主党は自らが本質的に抱いている問題点を直視することをやめ、表面的な失策により国民の信頼を失ったと思いこもうとしている、もしくは本当にそう信じていると考えざるを得ないからである。こうした考えに基づけば、今回の参院選での惨敗も一時的なもので、依然国民は強い信頼をよせていると信じることもできるのだ。しかし民主党がもし本当にそう考えているとすれば、政党として致命的な誤りを犯そうとしているのであり、この党は国民の信頼を完全に失い、早晩消滅する運命を辿るだろうと思う。民主党がしなくてはならないのは、与党として責任ある政策を掲げ、内政、外交の不測事態に対して迅速かつ適切に対処できる体制を整えることである。そのためには党内で財政、福祉、外交、国防等の基本的な問題についての見解を統一しておくことだろう。今の民主党にそれが出来ているとは思えない。

 今回の状況は浅野光紀氏の'自己欺瞞はいかにして可能か'と言う興味深い論文を思い出させた。それによると真実を隠蔽し詐術を弄して、逆の偽なる命題を相手に信じ込ませるのが欺瞞、つまり他人を騙すことである。それを自分に対してすれば自己欺瞞になるが、これには根本的な矛盾がある。何故なら騙す人と騙される人が同一であるからである。他人を騙す場合は、ある命題を偽であると知りながら相手に告げ信じさせる、従って騙そうとする意図が相手に悟られないようする。しかしこれを同一の人(自分)に対してやれば、騙される方も、ある命題の真偽を知っている、また騙す意図も知っていることになり、騙しが成立しなくなる。浅野氏はこのパラドクスが如何に解決され、自己欺瞞が成立しているかを論じているが、ここではそれには触れない。ただ民主党が主張する敗因からは自己欺瞞を感じざるを得ないし、彼等はそこに内在するパラドクスに気づいてさえいないようだ。

 浅野氏の論文では、自己欺瞞とは自分にとって望ましくない事態、それだけは起こらないで欲しいと恐れていた事態に直面した人が、それを否認して逆の事態を信じようとする、要するに自分を騙そうとする、そうすれば心の安寧が得られることだと説明している。民主党はどう考えているのだろうか?