DNA鑑定;最高裁の判断

 最高裁でDNA訴訟に関する判決が出た。簡単に言うと'妻が婚姻中に妊娠した子供は夫の子供と推定する。血縁関係がなくても父子関係は取り消せない'というものだ。北海道と関西のケースは母親が子供と子供の実の父と暮らしている状況で、元夫と娘の間に父子関係がないことを訴えていたが認められなかった。四国のケースは実の子供ではないことを理由に父が父子関係がないことを訴えていたが、これも認められなかった。妻が妊娠中に夫婦関係にあったからである。おおざっぱに言えば夫婦である時に妻が他の男との間に作った子供は自分の子供だということだ。夫婦の間には色々なことが起こるから、こうした場合でも単純にどちらかが悪いなどとは言えないが、上記の訴えはいずれも妥当で理解出来る気がする。そうした観点からは最高裁の判断は支持し難いというのが大方の意見だろう。

 この判断についてはマスコミで様々な議論が出ているのでここで詳しくは議論はしないが、わたしの興味を引いたのは5人の裁判官のうち(この決定は3対2でなされたそうだ)4人がこうした状況に対応するには新たな法律が必要だとの意見を述べたことだった。よく考えれば当たり前なのだが、裁判官の仕事は現在の法律に則って判断したり決定したりすることで、法律の内容が現状に即していないからといって法律を勝手に曲げて解釈することは許されない。もっともこれは原則論で実際はそれほど融通性がないわけではなく今回は2人の裁判官が判決と異なる意見を述べたのだが、その一人である裁判長はこう述べている。「民法の仕組みと、真実の父子の血縁関係を戸籍にも反映させたいと願う人情を調和させることが必要」 まったく妥当なコメントだし、この裁判ではこうした調和を持った判決をしないと当事者の利益にはならないと思う。もっともどのケースでもこうした調和が必要かとなると分からないとしか言えない。

 '妻が婚姻中に妊娠した子供は夫の子供と推定する'との法律が意味を持ったのは夫の子供か否かを正確に調べる方法がなかったからだ。今はDNA鑑定があるので、そうした推定が当事者の納得を得られるかは難しい。時代が変わったのだから法律も変えるべきだというのはまっとうだ至極だ。だが法律が変わるまでに起こる訴訟にはどう対処するのか? 現在の法律はこうだから実態にはそぐわないかもしれないがこう判断するとしたら、訴えた当事者の人権はないがしろにされてしまうかもしれない。北海道と大阪のケースでは子供の法律上の父親は血縁関係のない母親の元夫で、一緒に暮らす実の父は養父だとされてしまう。このことを考えると上記の裁判長の意見の方がまともだと言える。

 時代の変化と共に現実に合わなくなった法律や、機能しなくなった慣行はわたしたちの身の回りに数多くある。これを変えなくてはならないとほとんどの人が考えていても、実際はなかなか変わらない。変えることで不利益をこうむる人達が反対するからだ。昔からの法律や、長く続いた慣行の元にはしばしば大きくて複雑な利害が存在する。変えることへの抵抗は物凄い。法律を変えるのは難しいし、時間もかかるから法律の解釈を変えてしまえばいいというのが安倍政権がやろうとしていることだ。上記の例で分かるように現実にそぐわない法律にこだわっていると現実に起こる事態に対処できない。だから安倍政権がやろうとしていることは理解できないわけではない。とくに憲法や自衛に関する議論は多くの政治家が避けてきたことだ。時代に合わなくなっている今これを議論することは大切だと思う。問題はまともな議論をしているかだ。

 わたしが安倍政権がやろうとしている政策について不満なのはまともな議論がなされていないことだ。一番ホットなイシューである集団的自衛権についても、安倍首相が主張していること、この美しい日本を守る、国民の安全と平和を守る等は、どう考えても個別自衛権の問題なのにそのことを問いたださない。日本人の子供とお年寄りを乗せた米国船が攻撃されたらという事例も安倍氏はよく取り上げるが、多数の日本人が乗った船を守るのはどこの船だろうと当たり前で、集団的自衛権ではなくまったく個別自衛権の問題だろう。わたしは中国のプレッシャーが強まる中で重要なのは今の日本の兵力なり軍備でどこまで対抗出来るかをきちっと議論し国民に示すことだろうと思う。もしまるで対抗できないのならどこまで増やせば本当にこの国を守れるのかの議論をしなくてはならない。これは集団的とか個別とか言っている前にやるべきことだ。十分に守れる兵力を有しているなら今すぐに何かをする必要はない。憲法を改正すべきかの議論を進めた方が良いだろう。憲法改正というとヒステリーを起こす人達が沢山いるが、そもそも憲法は国のあり方を決めるもので、もっと言えば国の行動を規制するものなのだ。徒にこの議論を避けるのではなく、どこが今の時代に合っていないのか、何を変えれば日本とその国民の利益になるのかを話し合う時に来ていると思う。

 その他にも残業代ゼロとして議論されるホワイトカラーエグゼンプションなども中々まともな議論になっていない。条件闘争のように導入要件の年収をどうするかなどばかり注目され本質的な議論がなされておらず、若い人達が本当にホワイトカラーエグゼンプションの本当の意味を理解しないうちに話が進んでいる気がする。その内この問題も取り上げて議論したいと思う。