22歳で入社し58歳の少し前まで米国系の石油会社の日本法人に勤務した。そこは昔風の典型的な米国巨大企業で、よく言えば見事にコントロールされた組織を持つ、裏を返せば非常に官僚的な風土の企業だった。従業員は長期雇用で、重要ポジションは社内からの登用が原則であり、日本人が考える米国企業のイメージ、転職が多く幹部を社外調達するとは正反対だった。そうした企業で生き残り昇進をするには、仕事が出来る(明確な業績をあげる)だけではなく、ある種の行動規範に基づいて仕事をすることになる。だから幹部になった人達の行動や考え方には多くの共通点が見られた。
米国本社の幹部が来日した時には、日本本社の管理職を集めて講演をしたり質疑応答を行うことが多かった。管理職になりたての若い社員がよくした質問は、’どうしたらあなたのように高い地位まで登れるのか’だったが、その時の答えは大体同じで ’よく働け、そして経験に学べ’ というものだった。日本ではよく’失敗に学べ’というがほぼ同じ意味だろう。何故そんな昔のことを思い出したかというと、今テキサスのヒューストンで行われている全米女子オープンで、渋野日向子が2日目終了時点で首位に立ったからだ。
渋野は昨年プロ1年目で世界のメジャータイトルである全英女子を勝ち、その魅力的なスマイルとともに世界のゴルフ界に名をとどろかせた。日本でも大きな大会で4勝してトッププロの地位を確立したスーパースターである。シーズンオフの間にトレーニングを重ね、強固な体を手に入れ、スイングの再現性を高めたと言われていた。当然関係者やファンは昨年よりレベルアップし一層の活躍をすると期待した。しかし日本の開幕戦で予選落ちをすると、その後の英国での大会でも2戦連続で予選落ちし、その一つは連覇が期待された全英女子での予選敗退だった。その後も米国で2つのメジャーを含む4試合に出て、予選は通ったが最高の成績が24位だった。
聡明で責任感が強いと言われる渋野には苦しい日々だったと思う。米国遠征の後の国内戦でも思うような結果が出ず、昨年はまぐれだったかという声まで出ていた。しかし国内の最後に2戦で復調の兆しを見せると今回のメジャーで見事な活躍を見せている。二日目終了後のインタビューで’過去のことは忘れた’という意味のことを言っていたが、去年の夢のような成功にとらわれて自分のゴルフが出来ていないと感じての発言だったのだろう。経験に学んだからこその言葉だったと思う。
会社勤めや社外で色んな人を見てきたが、経験に学ぶことが出来るのは一種の才能だと思っている。大企業の社員のほとんどは有名大学をでているので、きちっと勉強をしてきた人たちで、勉強やスポーツをする過程で経験に学んできたのは事実だ。しかし答えが容易にみつからない実社会での経験(その多くは楽しくはない経験だ)から学ぶのは勉強やスポーツとは違う点が多い。自分に謙虚で簡単にへこたれない、ものを多面的に見て考える、周囲の人の気持ちを気遣う、楽観的だ等々の要素を持っている必要がある。渋野を見ているとそれに当てはまるようだ。
まだ二日目が終わった段階だから、最終的にどうなるかは分からない。特に勝つか否かは時の運だ。それでも二日間の渋野プレーや発言を聞いていると大崩れはしないような気がする。全英に勝った翌年に全米に勝つことがあれば歴史的快挙だ。渋野にはそれを期待させるスター性がある。あと二日間ファンとして楽しもう。
話は変わるが今日の日経の’私の履歴書’で福川伸次という元通産次官が大平正芳元総理のことを書いている。福川氏は大平氏が通産大臣になった時に秘書官になったそうだ。大平大臣の人となりを書いたところが興味深い。以下は抜粋です。
’大平大臣は人事に関してはすべて通産次官に任せ、一切介入しなかった。「役人はやる気にさせれば何でもやるからな」と信頼していた’
’大臣は大変な読書家で土曜の午後はよく本屋に立ち寄った。「どういう本が並んでいるかで世相がわかる」と言っていた’
’文章も推敲を重ねるのが常で、丹念に赤字を入れた。「政治は文学である」という言葉をよく引用していた’
これらのエピソードを読むと最近の総理とあまりに違うので驚く。何が違うかといえば教養だ。そして何より自分に自信がある。最近の総理が人事権を盾に取り官僚を服従させようとすると反対だ。彼らは自分に自信がなく、能力もないからそうした行動をとるのだろう。キッシンジャー元米国大統領補佐官が印象残った政治家として大平正芳をあげていたのを思い出した。「彼には哲学があった」とキッシンジャーは言っていた。福川氏も最近の総理への当てつけでこんな話を書いたのかもしれないと感じた。