穴井詩 初優勝に想う

 女子プロゴルファーの穴井詩(らら)が9月2日から4日に行われた「ゴルフ5レディス」で初優勝した。日本女子ツアー屈指の飛ばし屋で知られた穴井選手はこれまであと一歩のところで優勝を逃してきたが、ついにこのトーナメントで申ジエ、イ・ボミの実力派韓国プロを抑えて勝利した。2008年プロ入り以来8年目、28歳での初勝利である。痩身だが飛ばし屋の穴井選手はアスリートタイプで、今人気のあるいわゆるかわいこちゃんゴルファーではない。教師だった父の米国赴任に伴い中学高校を米国で過ごしたそうだが、テレビなどでいうところの帰国子女イメージではなく普通の家庭の子供で、小さい時から親が金をかけて強くなったアマチュアゴルファー出身でもない。ゴルフが安く手近にある米国でゴルフを始められたのが幸運だったのだろう。地味で目立たなかったが、実力は十分のゴルファーだった。

 穴井は日本に戻り2008年にプロテストに合格したがゴルフツアーのシードを取ったのは2012年で、その間は塾で得意な英語を教えながら生計を立てていた。このあたりは2014年に初優勝した前田陽子に似たものを感じる。自衛官の父親を持った前田は12歳でゴルフを始めたそうだ。裕福な家庭ではなかったがプロについて習ったという。香川県の高校チャンピオンになったものの、卒業後プロテストに3年連続で落ちた。その後段ボール会社に勤務をし、夜と日曜にゴルフの練習をして2008年に24歳でプロテストに合格する。しかし賞金など稼げないので段ボール会社でアルバイトを続けていたが2013年に下部ツアーで好成績をあげ、2014年のツアーへの参加資格を得る。そして11月の「伊藤園レディス」で初優勝しわたし達ゴルフファンを感動させた。賞金を何に使うかと訊かれた前田は「スポーツカーが欲しいな」と言ったそうで、わたしはその答えにも嬉しくなった記憶がある。なぜならスポーツカーは前田のような選手にこそ買って欲しいと思ったからだ。しかし実際は苦労を掛けた母に冷蔵庫と洗濯機を贈ったと言われている。前田はこの優勝により伊藤園と専属契約を結ぶことにもなった。もうとりあえず生活の心配はいらないのだ。

 穴井は2012年からツアーシードを維持し、かつゴルフ5の専属となっていたので状況は前田よりだいぶ恵まれていた。穴井の実力と将来性が買われたためだろう。ゴルフ5は大手のゴルフクラブ・用品の製造販売会社だが、人気のあるゴルファーはあまり契約していなくて、まだ未勝利の若手ゴルファーや日本でプレーする外国人ゴルファーなどと契約している。ゴルフクラブも性能的には他の有名大手メーカーと遜色はないのだろうが、一流どころが契約して使用することはない。穴井はそのクラブを使いウェアを着て、その会社が主催するトーナメントで初優勝したのだ。いかにも穴井らしいとも言える。

 穴井や前田の活躍がうれしいのは、彼女たちが現在の主流である道のりとは違う道を歩んで成功したからだ。高校で全日本チャンピオンになったとか、世界ジュニアで活躍したとかいう経歴はなく、地道に自分の道を歩んで一流になったからだ。今の日本が豊かで安全ではあっても閉塞感に満ちているのは、チャンスが平等に与えられている感覚が少ないからだと思う。政治家になるのはほとんどが政治家の子供だし、芸能人になるのもそうで、こうした世界の二世たちが必ずしもその方面で秀でているわけではない。もちろん大工の子やコックの子が親を身近に見ているからその分野では他の人より適正というか順応性があるようなことは、政治家とか芸能人にも言えると思う。しかしそれは能力が秀でていることを意味しない。一方でスポーツ選手や音楽家とか作家などは真の実力が問われるから、親の七光りだけではやっていけない。しかし一流のスポーツ選手などを見ると多くは親もスポーツ選手だったわけで、DNAが関係しているとも言える。そうでない場合こうした分野の有名人の子供たちはテレビ局や広告代理店などに就職することが多いという。テレビ局や広告代理店はそうした体質の会社であり、そこの幹部や社員は知性のない番組を作り続けている。

 だからわたし達は経済的に恵まれた環境にいなくても、自ら努力をして運を引き寄せ成功した人たちにより多くの拍手を送るのだ。話は変わるが民進党の代表選が始まっている。この政党には半ば愛想をつかしているし、だれが代表になるかにもあまり興味はないのだが、ただこの政党(旧民主党)は二世議員の割合が自民党より少ないことがかすかな希望を感じさせる。ここには一般の市民から政治家を志した人達がまだそれなりの数いる。もちろん中には政治家に当選したことで満足しているような人たちもいるだろうが、それでもこの点は重要だ。親の七光りではない人たちが政治をすることはこの国の将来にとって、自由、柔軟性、活力、革新性などの点で必要なことだからだ。問題なのは民進党そのものが自らのこうした強みを十分に自覚していないというか、上手く国民にアピールできていないことだ。代表選の候補者の話を聞いていてもそれを感じてしまう。政治の世界にももっと穴井や前田のような人たちが増えてもいいはずだ。