ゴルフクラブの謎

ゴルフクラブと言ってもボールを打つ道具の話である。ゴルフクラブ、特にドライバーは毎年新製品が発売され、飛距離アップ、直進性が訴求される。メーカーの言うように進化していったら皆上手くなってもよいはずなのだが、クラブを替えてスコアがどんどん良くなったとか、ハンディが大幅に減ったなんて話は聞かない。要するに腕なのである。腕とは体力、筋力、技、精神力などを総合したものだから簡単に身につくものではない。だからクラブを替えてもスコアは良くならない。他にやるべきことが沢山あるのだ。


みんなそれは分かっている。しかし新製品が出ると気になるし、お金に余裕があれば買ってしまう。こうした感情や行動は何に由来するのだろうか? 中村うさぎさんは一時買い物依存症だったが、その時の心理を見事に分析して見せた。多くのゴルファーはいつか自分に合ったクラブに出会えることを夢見ているようだ。乙女が自分に相応しい王子様が現れるのを待つように。何故夢も希望もないおやじがゴルフになるとこうなるのか分からない。誰か教えてほしいものだ。もっとも今回の謎はこのことではない。ゴルフクラブの価格のことだ。


価格の話なので具体的な値段を話すことになる。それは下品ではないかと思う人がいるかもしれないが、そうしないと話が通じないのでやむを得ない。元々上品ではないのだからひるむこともないのだが。 価格に関する疑問とは定価と実勢価格との差、店舗間での価格差の2点である。そんなことはよくあることで何をいまさらと言われそうだが(そしてその通りだと思うが)、今回私の実際の購買行動に関する事なので、リアリティを持った疑問として紹介したい。

先週、私と妻は共にアイアンセットを買い替えた。同じクラブメーカーの製品で(モデルは違う)同じ小売チェーン(ゴルフ商品専門店)から買った。わたしはその会社のネット通販で購入し、妻のものは店舗で取り寄せてもらった。ここでの議論はどちらの値段も、定価からは大幅に値引きされていること、他の店舗の同じ製品の値段よりも大幅に安いことである。'なんだ、文句はないじゃないか'と言われそうで、実際文句などなく得したという感じだが、その価格レベルに驚き何故こんなことが起こるのかという疑問を持ったのである。


私たちが買ったクラブのメーカーはアメリカ企業で、多くの著名な国産クラブメーカーがひしめく日本ではややマイナーだが、海外では有名プロも使用する一流ブランドを出していて、その一つのブランドの物を買った。私のは2008年モデルで6本組の定価126,000円に対し45,000円で64%引きである。二年前のモデルだし、不人気なので在庫の投げ売りをしたのだろういう説明が最も分かりやすいのだが、インターネットで最大手のゴルフショップでは同じものが95,000円の価格が付き、楽天の安値でも74,500円だった。この差は何なのだろうかと思ってしまう。
妻のクラブは2009年モデルで6本組定価92,400円が58%引きの39,200円で、楽天での安値は69,300円だった。楽天に出店している会社には実際注文を入れたのだが在庫切れと言われ、この大手小売チェーンの店舗に行ったいきさつがある。


定価と原価の話は悩ましく、以前アパレルメーカーに勤務していた人に洋服の原価は定価の2割程度だと聞いたことがある。わたしはその分野には疎いので真偽は分からないが、最近デパートでも男性用スーツを18,000円くらいで売るのを見ると、元々50,000円の定価のスーツの原価はその2割の10,000円程度ではないのかと考えてしまう。

アメリカン倶楽部というゴルフメーカーがあり45件くらいの自前の店舗を持っているそうだが、ここの製品の値段は日本の大手メーカー定価の3分の1程度である。自社で製造、組み立てを行ったものを、自社で販売するので安いというのが説明である。大手メーカーの場合、流通経路が複雑で余計なコストがかかり、販売を小売業者に依存するため彼らのマージンとメディアを通しての広告宣伝が必要になるので定価を高く設定せざるを得ないのだそうだ。わたしはそこのクラブを使ったことがないので品質を判断できないが、ハンディ10前後の人でそこのユーティリティクラブを使っている人に聞くと、性能に差はないと言っている。

私のケースのように大手メーカーも発売直後は定価の1割引き位だが、1年とか2年たつと定価の6割引き程度で売るのを見ると、原価は相当に安く、アメリカン倶楽部の商売が成り立つのも分かる気がする。要するにアメリカン倶楽部は最初から大手メーカーの1-2年後の割引価格を呈示していると言えるのかもしれない。

こう考えるとゴルフクラブは女性のファッションと同じでメーカーが流行を作り出し、それを買わないと時代遅れの気がするように仕向けていると言える。最もファッションの場合は10年くらい前の型が繰り返すことがあるが、ゴルフクラブは素材や形状を変えて気を引くようにしている。

店舗間での価格差の問題はもっと分かりにくいと思う。その小売ショップの事情(資金繰りとか在庫量)、小売とメーカーとの関係、新製品発売に伴う旧製品の抱き合わせ販売などの特殊事情等々、理由はいくらでも考えつくからだ。しかし競争相手が同じ商品を自店の半値以下で売っているのに(私の買ったアイアンはインターネットで価格が表示されている)、そのまま放置しておくのは小売業としては怠慢だろう。同値は無理でも近い価格にするという機動性を持たないと生き残れないのではないか。


価格の謎はこうした推測でそこそこ納得がいくが、クラブ買い替えの誘惑はいかんともし難い。
クラブは買えても腕は買えないことを知っている私たち夫婦は、今回の無駄使いにも何故か得した気持ちになっている。愚かなことは分かっていてもやめられないのだ。